新月の出会い➁
それから幾月の日が過ぎ去った。
寒かった冬が終わり、暖かな春が来て、厳しい夏と穏やかな秋。そして、また雪が降る冬がやって来た。
あるとき、ギンが風邪をひいた。
食欲もなくなり、まるで母の最期のときのように弱っていく。
ふたりで一緒なら大丈夫。けれど、ひとりになってしまったら、大丈夫ではない。
怖くて不安で、ギンが食べられるものを探しに行こうと街へ降りた。
母がいつも『絶対に街へ下りてはいけないよ』と言っていたけれど、雪が積もる山に食べるものはなく、仕方がなかったのだ。
小さな洞穴にギンを置いて走り、着いた先は城下町。
知らない場所は、怖くて怖くて仕方がなかった。
けれど、私が食べ物を持って帰らなければ、ギンの風邪が治らない。
人目を避けて川沿いを進み、ようやく見つけたのは果実の欠片。
もうずっと前に母が持って帰ってきてくれた果実は、とてもとてもおいしかった。
きっと、これを食べればギンは元気になるに違いない。
グーグーと鳴る腹に力を込め、たったひとかけらの果実をくわえた。
雪に埋もれた草むらに潜んでいると、たくさんの二本足の生き物が目の前を通りすぎていく。
大きなかごを持った者たちが、長い行列を為してぞろぞろと歩いている。
あれはきっと、母が話していた人間というものに違いない。
こっそり隠れて、じっとしていれば、いつか道の向こうに戻れるはず。
そう思って待っていると、どこからかギンの匂いが近づいてきた。
ハッとした私の視線の先には、フラフラと歩くギンがいる。
「なんだ、この狐! きったねぇなぁ!」
「こんなところに来るんじゃない! 山へ帰れ!」
「コンッ!」
「ギンッ……!」
ギンが私に気づいたのと、私が叫んだのは、ほとんど同時のことだった。
神様が言った。
母が言った。
『ふたりで一緒にいたら大丈夫』と。
だから、欠けてはいけないのだ。
ギンも私も、どちらも欠けてはいけないのだ。
走り出した私の体は刀で切りつけられ、次いでギン共々蹴り上げられて、高く高く宙を舞った。
今日は新月だと、このとき初めて気がついた。
星はなく、月もなく、空からしんしんと雪が降る静かな夜だった。
目を覚ますと、人間たちが私を見ていた。
すぐ傍にはギンがいてホッとしたけれど、ギンの体は真っ赤に染まってボロボロで、私も全身が痛かった。
ギンはもう虫の息で、ギンのために取っておいた果実はどこにも見当たらない。
私は心の中で唱えた。
(大丈夫。ふたりで一緒にいたら大丈夫)
震える四本の足で立ち上がり、自力で動けないギンをくわえて一生懸命歩いた。
山に戻ろう。洞穴は暖かいし、近くには川もある。
食べ物は、あとで私ひとりで獲りに行こう。
フラフラとした足取りで、目も霞んでいく。
「ギン……もう少しですよ……」
ギンの呼吸音がよく聞こえなくて、私の心臓の音も小さく小さくなっていく。
ひがし茶屋街はひっそりとしていて、狭い路地には誰もいなかった。
これなら怖くない。ふたり一緒だから怖くない。
けれど、とうとう力尽き、私はギンをくわえたまま倒れてしまった。
最後に見えたのは、ギンの姿と大きな大きなお屋敷だった。




