銀の光に導かれて⑤
「雨宿りしていくか?」
「え?」
「これも縁だ。いや、巡り合わせというべきか……。どちらにしても、コンの声が聞こえたのならお前は屋敷に認められた、ということになる」
(コンの声? 屋敷に認められたってなに?)
「はぁ……」
なんの話をされているのかわからない私は、答えるよりも先に気のない声を漏らしてしまった。無意識で取った態度だけれど、ハッとして慌てて口元に手を当てる。
だけど、目の前にいる男性は特に私の態度を気にする素振りはない。
そして、おもむろに口を開いた。
「どうする? 雨宿りしても、このまま帰っても、お前の自由だ」
選択肢を与えられたのに、私の心は不思議とひとつの答えしか見ていなかったような気がする。
理由はわからないけれど、この銀髪の男性が気になったからとか、知らない声の正体が知りたかったからとか、たぶんそういうことじゃなかったと思う。
ただ、〝ここにいたい〟と、心が訴えかけてきたような気がしたから。
「雨宿り、させてください」
控えめに自分自身の声が落ちたとき、雨がやんでいたことには気づかない振りをした。
「こっちだ」
言われるがまま足を踏み入れたのは、男性が背にしていた大きな屋敷の中だった。
格子になった門を潜ると、視界を占めたのは広い庭。石に囲まれた池も見え、鬼ごっこやかくれんぼも充分できそうだ。
緑が生い茂った木は、松や梅だろうか。どれもとても立派で、数年前に植えられたというようなレベルではなさそうだった。
「あの……」
「私の傍から離れるな。迷子になるぞ」
「迷子?」
「冗談だ。そんな顔をしなくても、なにも危険なことはない」
首を傾げた私に背中を向けたままなのに、彼はなぜかそんな風に言った。
その背中を見ながら、ますます首を傾けてしまう。
顔も見ずに言うなんて、私の声がよほど不安げだったのか、それとも私が気づいていない間に確認されていたのか……。
そのどちらでもないのかもしれない、という可能性も考えて怪訝な気持ちになったけれど、なぜかちっとも不安や恐怖はなかった。
不意に男性が足を止め、立派な格子造りの扉がゆっくりと開かれていった。そして、振り返った男性が「おいで」と私を真っ直ぐ見つめた。
「まぁまぁ! 雨天様、お客様をお連れになったのですね! 今宵はもう店じまいかと思っておりましたのに!」
そんな声とともに、薄暗い玄関の片隅にあったロウソクの火が消え、代わりに玄関先がパッと明るくなった。控えめだった照明が、周囲をはっきりと見せてくれる。
「わざとらしいぞ、コン」
どこか不機嫌そうに返した男性の向こう側には、十歳にも満たないような淡い栗色のふわふわの髪の男の子がいた。
男の子は私を見てニコニコと笑うと、「ようこそいらっしゃいました」と頭を深々と下げた。
「……コン」
慌てて会釈をしようとしたけれど、男性の声が先に落ち、倒しかけた上半身が止まってしまう。
「そんな顔しないでくださいよ! 私がお呼びしたって、雨天様のお力で突っ撥ねてしまえばこの屋敷には入れません。それは、雨天様が一番ご存知ではありませんか!」
「うるさい」
私の目の前で繰り広げられる会話に、いまいちついていけなかった。言葉の意味はわかるけれど、その内容はちっとも理解できなかったから。
それでも、口を挟めるような空気じゃなくて、私は煌々とした玄関先でふたりの会話の行方を待つことしかできない。
そうしてしばらくこのまま待機することを覚悟した私を余所に、ふたりの会話は長引かなかった。
「雨天様、ここは私が」
「当たり前だ」
どうやらこの男性は、〝ウテン〟というらしい。
変わった名前だな、と思った直後、彼が振り返った。
「ひかり、ゆるりと休まれよ」
「え?」
(私、名前言ったっけ?)
その疑問の答えを探す私を余所に、ウテンと呼ばれている男性は男の子に視線を戻して「コン」と口にした。
男の子の名前が〝コン〟ということは、彼の言葉通りに取るのなら〝私を呼んだ〟ということになるけれど、その意味はやっぱりよくわからない。
「はーい! 雨天様、ご案内はコンにお任せくださいませ。お台所ではギンが待機しております」
男の子が胸を張るように元気よく返事をすると、男性は銀色の髪をふわりと揺らして私を一瞥し、廊下の奥に姿を消してしまった。