神様からの贈り物⑪
「雨天様、私をここに置いてくれて、本当にありがとうございました。この二週間は、すごく目まぐるしくて、不思議で、信じられないこともたくさんあったけど……。たくさんのことを得られたと思う」
雨天様は、私の言葉を真っ直ぐな双眸で受け止めてくれていた。
「寂しさも不安もまだちょっとだけ残ってるけど、私はもう大丈夫だから。雨天様たちのことが見えなくなっても、ここでのことを忘れてしまっても、ちゃんと頑張れると思う」
大丈夫。
思っていたよりもずっと、ちゃんと笑えているから。きっと、寂しさや不安に負けたりなんかしない。
「こんな風に思えるようになったのは、雨天様たちのおかげだよ。ここで過ごせて、本当によかった」
そんな気持ちを持って告げたとき、不思議と今までで一番明るい笑顔になれたような気がした。
すると、雨天様が深く頷いた。
「私も、ひかりと過ごす日々がとても楽しかった。ひかりが忘れてしまっても、私たちはずっとここでひかりを見守っている」
ありがとう、という言葉は声にできなかった。
口を開けば熱を持った喉が、先に嗚咽を漏らしてしまいそうだったから。
「さぁ、召し上がれ」
その代わりに笑みを崩さないように努めて背筋を伸ばすと、雨天様が穏やかな口調でそう言った。
いよいよこのときが来たんだと思うと躊躇しそうになったけれど、芽生えたそれを振り払って両手を合わせる。
「いただきます」
そして、いつものようにしっかりと挨拶をしてから、添えられた菓子楊枝を手に取った。
スズランの花を崩さないように、そっと菓子楊枝を差して、少しだけ割ってみる。
中には、綺麗なこしあんが入っていて、淡い緑やスズランの花と対照的な色を目に焼きつけるように見つめたあと、ゆっくりと口に運んだ。
そっと舌に触れたのは、滑らかな感触。
丁寧に漉されたことがわかるそれを時間を掛けて味わっていると、雨天様とギンくんが丹精込めて作っている姿が脳裏に浮かんだ。
ここに初めて足を踏み入れた日。
雨天様の正体を聞き、コンくんとギンくんの変身を目の当たりにしたとき。
色々な話を聞いて、家事をして。
ありふれた日常にも思えそうなほどの中、雨天様たちと一緒にお客様をお迎えしたこと。
ひと口食べ進めるたびに、このお屋敷での記憶が蘇ってくる。
できるだけ時間を掛けたいけれど、小さな上生菓子ではそれは叶いそうにない。
「すごくおいしかった」
「ごちそうさまでした」と言った声は、少しだけ小さくなってしまった。
涙をこらえて顔を上げると、優しい眼差しで私を見つめている雨天様と目が合った。
「お別れだ、ひかり」
その言葉でハッとして自分自身を見下ろせば、全身が光っていることに気づいた。
これまでに何度も見てきたから、このあとどうなるのかはもうわかっている。
「あのね、雨天様……」
震えそうな声で切り出した私に、雨天様は笑みを浮かべているだけだった。
今になって言いたいことが溢れてくるような気がしたけれど、すべてを伝えられる時間なんて私にはもう残されていない。
だから、溢れる想いの中からたったひとつだけを掬い取った。
「私、ここに来るまでよりもずっとずっと、雨が大好きになったよ」
視界が歪んでいくのは、きっと込み上げてくる熱のせい。
だけど、今だけは全身を包む光のせいにしよう。
「ひかり」
ばやけていく瞳の中で、雨天様がとても嬉しそうに破顔した。
それはまるで、雨上がりの空に架かる、美しく鮮やかな七色の虹のように。
「幸せであれ。ひかりの人生は、まだ始まったばかりだ」
優しい声音で紡がれた、神様の想い。
それが鼓膜をそっと揺さぶった直後、全身が柔らかな温もりに包まれて、私の意思に反して意識がゆっくりと遠退いていった。
『あなたの未来に幸福の縁がありますように』
そのさなか、誰かが私の耳元で、そっと囁いたような気がした――。




