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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 五 【上生菓子】
54/68

神様からの贈り物⑨

「ああっ、ひかり様! お掃除なんてしていただかなくても! 今日はゆっくりお過ごしください!」



 お屋敷に戻ったあと、雨天様はすぐに台所に行ったから、私は荷物を纏めてから借りていた部屋の掃除をしていると、コンくんが慌てたように止めに来た。

 心遣いは嬉しいけれど、首を横に振る。



「たぶん今日で最後になるから、ちゃんと綺麗にしていきたいの。雨天様にもコンくんにもギンくんにもたくさんお世話になったのに、私にできるのはこれくらいしかないんだもん」


「ひかり様……」



 笑顔で返した私に、コンくんはグッと言葉に詰まったような顔をして、寂しさを浮かばせた。

 私までつられてしまうから、そんな顔をしないでほしい。



「でしたら、コンもお手伝いいたします! いつものようにふたりでいたしましょう!」



 そんな私の気持ちが伝わったのか、コンくんは潤んだ瞳を手の甲でゴシゴシを拭って明るく笑った。

 私も涙をこらえて頷き、好意に甘えることにした。



「……ギンくんはどうしてるの?」


「お台所で甘味を作っております。今宵はひかり様のためにとびきりおいしいものをご用意したいと、張り切っておりましたよ」


「そっか……」



 もうギンくんのことが見えない私に、ギンくんもコンくんと同じように優しくしてくれるなんて……。嬉しいけれど、同じくらい申し訳ないと思う。



「ひかり様」



 ほうきをギュッと握りしめていると、コンくんがいつものように私の名前を呼んだ。

 顔を上げた私に、目の前までやって来たコンくんが破顔する。



「ひかり様がギンの姿が見えなくなっても、ギンにはひかり様の姿が見えておりますし、変わらず声も届いております。ですから、あとでぜひ話しかけてやってください」


「うん……」


「恐らく、ひかり様がここを去るまでに私の姿も見えなくなるとは思いますが……」


「え?」



 ギンくんだけじゃなく、コンくんのことまで見えなくなるなんて……。

 せめて最後まで、みんなのことを見ていたかったのに。



「当たり前のことですが、神様と比べると神使の力はとても弱いのでございます。ギンのことが先に見えなくなったのは、恐らく私よりもギンの方が少しだけ力が弱いせいなのですが、それでもさほど差異はございません」



 大丈夫だと思っていても、やっぱり寂しさが強くなる。

 日常になりつつあった今朝までの時間には、もう決して戻れない。



 おばあちゃんが亡くなったときも、今も。

 この世にはなにひとつ当たり前のことなんてないのかもしれない、と感じさせられた。



「コンくん、今日までありがとう。コンくんたちと出会えて、本当によかった……。つらい気持ちで金沢に来たけど、コンくんたちのおかげでちゃんと笑顔で帰れるよ」



 あとでまた伝えようとは思っているけれど、ギンくんのように見えなくなってからじゃなくて、目を見て話せるうちに伝えたい。

 そんな気持ちで言えば、コンくんは可愛らしい瞳いっぱいに涙を浮かべた。



「……っ! コンも、ひかり様と出会えてよかったと、心底思っております! 毎日がとても楽しゅうございました! お掃除やお遣いがあんなにも楽しかったのは、初めてでございました!」


「コンくん……」


「ひかり様がコンのことを見えなくなっても、最後まできちんとお守りし、お送りいたします! それがコンのお役目でございますから!」



 小さな手が私の手を握り、必死に想いを伝えてくれる。

 コンくんの方が年上だとわかってはいるけれど、涙混じりの顔を見ていると、やっぱり可愛い子どもにしか見えない。



 それでも、とても頼もしくて優しい神使だ。

 私はゆっくりと頷いて、精一杯の笑みで口を開いた。



「あと少しだけど、最後までよろしくね」


「もちろんでございます。微力ながら、雨天様とギンとともにひかり様の幸せを祈っております」


「ありがとう」



 私は潤んだ瞳で、コンくんは泣き顔で、少しの間微笑み合っていた。



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