神様からの贈り物③
「頑張る、か……。まぁ、来年には就活を始めなきゃいけないしね」
「ん? ……ああ、就職活動というやつか」
「うん、そう。就活は憂鬱だけど、社会人になるのは嫌じゃないし、頑張らなきゃとは思ってるんだけど……」
そこで言葉とともに足を止めると、隣を歩いていた雨天様も立ち止まった。
少し待ってもなにも言わない私に、「どうした?」と優しい声が届く。
「私、夢とか目標がないんだ……」
兄と姉はとても優秀で、難関中学を受験して一流大学に入り、それぞれ誰もが知っている外資系の有名企業に就職した。
反して私は、中学受験に失敗し、高校もごく普通の県立に通い、大学だってそこそこの偏差値のところに入学するのが精一杯だった。
「友達の中には私と同じように『目標がない』って言ってる子もいるんだけど、うちはお兄ちゃんとお姉ちゃんが優秀でね。私だけ出来が悪かったの……」
両親の期待を寄せられていた兄たちとは違い、私は勉強に関しては早々に見切りをつけられていたことは知っている。
期待に満ちた瞳を向けられなくなったときには、子ども心にそれなりに傷ついた。
「高校も大学も普通よりもいいところには行けたけど、第一志望には届かなくて……。両親のことは、今までに何度もがっかりさせたと思う」
だからと言って、両親から特別ひどい扱いをされたり、罵られたりしたことはないけれど……。大学進学を機に家を出るまではずっと、両親と顔を合わせるたびに自身の不甲斐なさを申し訳なく思い、息が詰まってしまいそうだった。
「兄弟の出来はよくて、ふたりとも超一流企業に勤めてて、両親はいつも自慢してた。でも、私だけ外で褒められることはほとんどなかったんだ」
家の中では『頑張ったね』と言ってくれるけれど、外では褒められた記憶はない。
親戚からは兄や姉と比較されることも多くて、いつも息が苦しかった。
「でもね、おばあちゃんだけは私をたくさん褒めてくれたんだ」
『宿題をちゃんとして偉いわね』
『好き嫌いせずに食べてすごいじゃない』
『ひかりちゃんがお手伝いしてくれて助かるわ』
どれもこれも、取るに足らないようなことばかり。
だけど、些細なことでも褒めてくれるおばあちゃんだけは、私のことをちゃんと見てくれていると思えて、物心ついたときには心の拠り所になっていた。
「だから、長期休みになるとおばあちゃん家で過ごせるのが嬉しくて、いつも金沢に来てた」
両親の期待が薄れていく中で、おばあちゃんだけは最後に会ったときですら私のことを褒めてくれた。
本当に些細なことばかりだったけれど、大学生になっても私のことをちゃんと見てくれるおばあちゃんに何度救ってもらったかわからない。
「おばあちゃんとの時間が、私の一番の心の支えみたいなものだったと思う」
とても思いやりがあって、たくさん褒めてくれて、いつも笑顔で明るくて。
いつからか、私はおばあちゃんみたいな人になりたいと思うようになっていた。
「おばあちゃんのおかげでグレたりしなかったし、両親と大喧嘩したこととかもなかったんだけど、両親とはずっとぎこちないときとかもあったんだ。でも、ひとり暮らしをするようになってからは、いい距離感で付き合えるようになったとは思う」
離れてみたことで両親がいることへのありがたみみたいなものを何度も感じたし、期待をされていなくても人並みに大事にされていたんだということにも気づけた。
離れて暮らしているからこそ、実家に帰ったときには今までよりも向き合って話すことも増えた。
「実家に帰っても、前ほど息苦しさみたいなものは感じないし。それに、お兄ちゃんとお姉ちゃんは昔から優しいしね」
おばあちゃん家の方が居心地はいいとは思うけれど、実家も決して悪くはない。
そんな風にまで思えるようになっただけでも、ひとり暮らしをしてよかった。
「そうか」
「うん。ただ……」
安堵混じりの笑みを落とした雨天様が、心配そうに私を見つめてくる。
暗くなり過ぎないように、少しだけ笑って見せた。
「私はちゃんとした夢も目標もないし、就活でまた両親をがっかりさせるかもしれないって思うと……すごく怖いんだ」
おばあちゃんが心配しないように、しっかり頑張ろう。
そう思うようにしても、これから先のことを考えると不安しか出てこない。
「もう子どもじゃないのに、なんだか情けないよね」
笑っていたいのに、負の感情に負けてしまいそう。
そんな気持ちを隠して乾いた笑いを上げた私を、雨天様が「ひかり」と静かに呼んだ。




