別れるその日まで➁
「ねぇ、雨天様は神様なんだよね」
「なにを今さら……。最初から何度もそう言っておるだろう」
「そうなんだけど。でもね、妖とか幽霊とか……普通におもてなししてるけど、神様と妖って仲良くしてもいいものなの?」
訝しげな顔つきをした雨天様は、私の言葉で最初の質問の意味を理解したみたい。
一瞬目を見開いたあとで、眉を下げて微笑んだ。
「では訊くが、ひかりはあのお客様たちになにか悪いことをされたり、嫌な思いを感じさせられたりするようなことはあったのか?」
「……ううん」
少し考えて、しっかりと否定をした。
私は、そんな風に感じたことなんてないことに気づき、自身の質問が恥ずべきものだったのではないか、とすぐに思い至る。
「そういうことだ」
雨天様は優しく言うと、傘をほんの少しだけ後ろに倒して、私の方を真っ直ぐ見つめた。
「妖や幽霊が悪いという認識は、偏見から来る憶測に似たものだ」
「うん……」
きっぱりと言い切られて、雨天様の顔をまともに見ることができなくなってしまった。
雨天様は怒っていないけれど、数十秒前の自身の言動に気まずさを感じずにはいられなかったから。
「妖にも幽霊にも、いい者も悪い者もいる。だが、悪い者が根っからの悪かと言えば、私はそうではないと思っている」
まるで叱られた子どものような気持ちでいる私に耳には、雨天様の優しい声が雨音とともにしっかりと届く。
決して叱られているわけじゃないけれど、自然と反省の念を抱いていた。
「善か悪か、根っからの悪か。人間にも色々な者がいるように、妖や幽霊も同じなのだ。ついでに言えば、神様もな」
そう言っておどけたように笑った雨天様に、思わず視線を上げていた。
雨天様は、場の空気を和ませようとしてくれたのかもしれないけれど、悪い神様なんているのだろうか。
その真意が気になったけれど、今はその疑問を解消するよりも、言わなければいけないことがある。
少し緊張していることを隠すように息を小さく吐き、視線を逸らさないように努めて、おもむろに開いた唇で謝罪を紡いだ。
「ごめんなさい……」
「なぜ謝る?」
「だって……」
そのあとに続くセリフを、上手く声にすることができなかった。
なにが悪かったのかも、自身の浅慮さもわかっているのに、どれからどんな風に説明すればいいのか思考が働いてくれなかったから。
それなのに、程なくしてフッと小さく笑った雨天様は、私の頭をポンポンと撫でた。
「別に、謝ることはない。ひかりは、ただ知らなかっただけなのだから」
「でも……」
優しくされてしまうと、自分の情けなさが浮き彫りになっていくようで、いたたまれないような気さえしてくる。
「誰だって知らないことも、知らないことで感じる不安もある。だが、知ったあとにどうするかによっては、私は必ずしも謝罪が必要だとは思わない」
「どういうこと?」
「〝知らないことは罪ではない〟ということだ。反省して次に活かせるのなら、なおのことな」
小首を傾げていた私は、少し回りくどいような言い方にますます首を捻ってしまう。
つまり、怒っていないし謝る必要もない、ということなのかもしれないけれど、普通は謝罪が必要な場面だと思うから。
「仮に、ひかりが今の疑問を本人……つまり、お客様たちの前で口にしていたら私は叱ったし、お客様への謝罪を求めただろう」
それは、わかる。
だからこそ、私は数日前にお客様がいるときに感じた疑問を、今日まで口にすることを悩んでいた。
「だが、ひかりはこうして私だけに尋ね、その答えを聞いてすぐに自身の言動を詫びた。そうして真っ先に反省しているとわかる者に、私はわざわざ謝罪が必要だとは思わないのだ」
雨天様の言葉は、相変わらずとても優しくて、湿った空気すらも柔らかなものに変える力がある。
「自身の非を認め、すぐに素直に謝罪ができた者は、同じことを繰り返さない努力ができるものなのだ」
きっぱりと断言し、穏やかな笑みを浮かべる。
その瞳は、優しさで満ちていた。




