神様たちと過ごす日々⑬
「だが、作り方を教えても、ひかりには作れない」
返ってきた答えに落ち込みかけたけれど、すぐにどこかで納得した私がいた。
「そりゃそうだよね。神様が作ってるんだから、超秘伝のレシピとかなんだろうし、ギンくんだって二百年くらい修業を続けてるんだもんね」
アハハッと笑ったのは、心の中にある気持ちをごまかすため。
納得はできていても、おばあちゃんの味に似ているような気がしたから、できればレシピを教えてもらいたかった。
「いや、そういうことではない。同じように作れるようになるにはそれ相応の修業が必要だが、もし仮にそれを経て作れたとしても、ひかりが帰るときには忘れてしまう」
「え?」
(あ、そっか……)
首を傾げた直後にハッとすると、雨天様が困ったような面持ちを見せた。
そこに、微かな笑みが乗せられる。
「ひかりは、いずれあるべき場所に帰らなくてはいけない。そのときになればすべての記憶が消え、ここでの日々を思い出すことはない」
困り顔で微笑む雨天様の声は、心に寄り添うように優しかった。
それはまるで、私を傷つけないようにするために思えた。
最初から聞かされていた決まり事を話すだけなのに、私を労わるような声音で紡いでくれた雨天様はとても優しくて……。だけど、たった数日でここにいることが当たり前になりつつあった私を、同じくらいの厳しさでそっとたしなめた。
「ひかり」
「あ、さっきのは忘れて! ちゃんとわかってるから」
「ああ。だが、明日は小豆を炊くところを見せてやろう」
「いいの?」
「作り方を教えてやることは叶えてやれないが、目の前で作るところでも見れば、少しは気が晴れるかもしれないだろう」
「うん。ありがとう」
気が晴れるかはわからないけれど、雨天様の気持ちは嬉しかった。
だけど、家事はきちんとこなしたかったし、コンくんに迷惑をかけたくもなかったから、明日は少しだけ早起きをして掃除をしておこう。
「よい心がけだな」
「また読んだの?」
「なにを言っておる。今のは声に出ておったぞ」
「え? 嘘……」
「嘘だ」
「……もうっ! 雨天様って、ときどき意地悪だよね」
からかわれたことに気づいて唇を尖らせたけれど、雨天様はなぜか楽しそうにしている。
クスクスと笑う姿は、普通の青年と変わらないような気がして、こうして話していると雨天様が神様だってことを忘れてしまいそうだった。
だけど……雨天様たちは、人間じゃない。
この地に棲む雨の神様と、双子の狐の神使。
人間である私は、ずっとここにいることはできない。
(もし、雨天様たちのことが見えなくなったら、どんな風に感じるのかな……)
ふと浮かんだ疑問の答えは、すぐに出た。
だって、私はそのことに気づくことすらないのだ、とわかっていたから。
記憶を消されてしまうのなら、雨天様たちのことが見えていたことすら忘れてしまう。
そうなれば、見えなくなったときのことなんてわかるわけがない。
見えなくなるときはきっと、とても寂しくなる。
もしかしたら、傷ついてしまうかもしれない。
それを忘れてしまうというのは、傷つかなくても済むということなのかもしれないけれど……。傷ついてもいいから忘れたくない、と確かに思ってしまった。
その気持ちを振り払うように頭を振り、顔を上げる。
晴れた空は気持ちよくて、雨よりも晴れている方が好きだったはずなのに、今はなんだか太陽よりも雨が見たい。
「ひかり。明日の小豆は、大福にしようか」
「うん。あんこはたっぷりにしてね」
「ああ」
「雨天様! コンは塩大福も食べたいです!」
「それなら、明日は特別に両方作ってやろう」
他愛もない会話に、優しい笑顔。
いつかこのときの思い出も忘れてしまうのなら、たとえどんなに些細な出来事であっても、今だけでも心にしっかりと刻んでおこうと思った。




