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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 三 【栗羊羹】
35/68

神様たちと過ごす日々⑩

「なにこれ……」


「ひがし茶屋街の風景だ」


「どうなってるの?」


「これも、私の力のひとつなのだ」



 驚いて地面に釘付けになる私に、雨天様は笑っているみたいだったけれど……。それを確かめる余裕はなく、水たまりの中で行き交う人々の様子を見ながら目を見張った。

 その中にいる人々は、古い街並みを笑顔で楽しみ、写真を撮ったり一服したりしていた。



 それは、ひがし茶屋街で見る光景そのものでしかなかった。



「ここには、頻繁に新しいお客様がやって来る。賑やかなコンと、修業好きなギンがいる。雨が上がれば、こうして水たまりの中のひがし茶屋街を見ることができる」



 ようやく顔を上げた私は、私を見つめていた雨天様と視線が交わった。

 優しく弧を描く瞳が、なにを言いたいのかわかる。



「今はもう、寂しさを感じる余裕も、悲しみに暮れる時間もない。私は、賑やかな日々を送ることに幸福を感じ、先代の意志とこの屋敷を守っていくことに誇りを持っているのだ」



 それでも、最後まで黙っていたくて、無言のまま雨天様を見つめていた。



「だから、私はここから出られないことを嫌だと感じたことは一度もない。きっと、これからもそうであろうな」


「うん……」



 きっと、それが雨天様の本心。そう思ったとき、頬に雫が落ちてきた。



「ああ、そろそろまた降らせることになりそうだ」



 独り言のように言った雨天様の言葉通り、空はいつの間にか再び雨雲を呼び戻していて、パラパラと雨粒が降ってきた。



「晴れ間をあまり見せてやれなくて、すまないな……」



 傘を差そうとしたときにそんなことを言われて、私は少し考えた末にニッコリと笑った。



「見て。この傘、スイートピーがデザインされてるの」



 再び広げた傘を、雨天様にもよく見えるように高く上げた。

 私たちの頭上では、まるでカラフルな花弁が躍っているみたいで、おばあちゃんの言葉通りになったことに自然と明るい笑みが零れていた。



「空は曇ってるけど、まるで空から花びらが降ってくるみたいじゃない? 雨の日の特権だよね」



 晴雨兼用だけれど、そこはご愛敬。

 それに、私は雨の日にしかこの傘を使っていないから、別に嘘はついていない。



「……ああ、確かにまるで花びらが舞うようだな」



 じっと傘を見つめていた雨天様が、おもむろに私に顔を向けた。

 強い意志を持つ真っ直ぐな瞳は、柔らかく緩められている。



「ひかりは、とても素敵な感覚を持っているのだな。豊かな感受性は、心を豊かにする。そういう感覚をずっと大切にするとよい」


「あ、えっと……」


「うん?」


「実は……さっきのあれは、おばあちゃんのセリフなの。だから、私の言葉はただの受け売り」



 褒めてもらえたことに喜ぶよりも申し訳なくなって、自嘲混じりの声音で白状し、曖昧に笑う。

 すると、雨天様はふわりと破顔した。



「別に、それでもよいではないか。ひかりは、その言葉に共感したからこそ、私に教えてくれたのだろう」


「もちろんそうだよ……。でも――」


「それなら、私にとっては〝ひかりがくれた言葉〟だ」



 陽だまりのように穏やかな声で紡がれた、優しい言葉。その温もりを心で感じた直後、なぜか鼻の奥がツンと痛んだ。



「だから、私はひかりに感謝するよ」



 さらにそんな風に言われて、油断すれば泣いてしまいそうになった。

 雨天様はきっと、私が泣いても受け止めてくれるだろうけれど、今は泣いてしまうのが勿体なく思えて、必死に笑みを携える。



「私ね、雨は嫌いじゃないよ。これもおばあちゃんのおかげなんだけど、おばあちゃんは雨が好きだったから、雨の日には喜んでるんじゃないかと思うんだ」


「そうか。それなら、私が降らせる雨も捨てたものではないな」



 空を仰いだ双眸が、ゆっくりと緩められていく。

 再び降り出したばかりだった雨は、そろそろやむ気配を漂わせているような気がした。



「コンたちが心配するから、そろそろ屋敷へ戻った方がよいな。続きは、また明日にでも案内してやろう」


「うん」



 その予想は当たっていて、雨天様と一緒にお屋敷の玄関に戻る途中で傘は必要なくなった。

 まだ太陽は見えそうにないけれど、閉じた傘の分以上に視界が晴れた――。



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