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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 三 【栗羊羹】
34/68

神様たちと過ごす日々⑨

「私が雨を降らせる理由は聞いたか?」



 首を横に振ると、雨天様は手を伸ばし、手のひらで雨粒を受けた。それから、そっと微笑んだ。



「この雨は、お客様の傷なのだ」


「え? 傷……?」


「私は、ここにやって来たお客様の心の傷を受け取り、雨に変える。そして、こうして降らせるのだ」


「じゃあ、悲しい雨ってことなの?」


「私も先代からこの力の話を聞いたときに同じことを尋ねたが、先代は否定していた」



 それまでどこか悲しみを孕んでいた瞳が、幸せそうに空を見遣る。

 少しして、懐かしむような顔つきで答えが紡がれた。



「先代に言わせるのなら、これは〝癒しの雨〟だそうだ」


「癒しの雨?」



 反復するように声にすると、雨天様が大きく頷いた。



「この雨はお客様の傷から生まれるが、ここを去っていくお客様はみな、傷が癒えた心で帰っていく。だから、この地に降る雨になるときにはもう、癒しへと変わっている……と」


「……なんか、素敵だね」


「ああ。私は少しばかり乱暴な理論だと思わなくはないが、この考え方は好きなのだ。そして、先代は、この癒しの癒やしの雨が少しでも人々の心を癒すように願っていたのだそうだ」


「お客様の心じゃなくて?」



 疑問を感じた私に、雨天様は再び首を縦に振った。

「私も同じことを訊いたのだがな」と、笑いながら。



「ここに来るお客様だけが、なにも傷ついているわけではないだろう? みな、大なり小なり悩みや痛みを心に抱えながら生きている」



 確かに、傷やつらさの度合いはともかく、きっとこの世に傷ついたことがない人なんていない。

 先代は、そういう人たちも救ってあげたかったのだろうか。



「困った先代だと思ったよ。傷ついたものをみなみな癒やすなんて、いくら神様でも無理に等しい。けれど、先代はこの地に棲むすべての魂を守りたいと、心から思っていたようなのだ」


「すごいね……」


「私に言わせれば、ただのお人好しだ。まぁ人ではないが……。自身が力尽きることも厭わずに、自身以外のすべてを守りたいと願っていたのだからな」



 雨天様は眉を下げていたけれど、その笑顔は悲しみや寂しさが混じっているようなものじゃなかったと思う。

 だって、どこか誇らしそうに見えたから。



「ねぇ。雨天様もすべて救ってあげたいとか思ってるの?」


「私は、先代とは違う。先代に比べれば力も弱く、神としての経験も浅い。そもそも、もともと神使だったような者が、すべてを救おうなどという分不相応なことは考えるものではない。自分の力は、私自身がよくわかっている」


「うん、その方がいいと思う」


「だがな、ひかり……」



 雨天様には無理をしてほしくなくて共感するように告げると、雨天様は私の気持ちを察するように頷き、笑みを浮かべたまま私の名前を呼んで空に手を翳した。



「だからこそ、せめてここに来た者はみな、救いたいと思っている」



 そう、優しい声音で紡がれたとき。

 雲の隙間から柔らかな細い光が落ちてきて、雨雲がゆっくりと散っていった。

 まるでスローモーションのように流れていく雲とともに雨が弱まっていき、そのうち大きな音を立てていた雨が止まった。



「これ……雨天様がやったの?」


「ああ。少しの間なら、やませることができる。まぁ、またすぐに降らせることになるがな」



 肩を竦めた雨天様が、「足元の水たまりを見てごらん」と笑った。

 傘を下ろしてから言われるがまま視線を落とすと、そこには見たことがある場所が映っていた。



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