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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 三 【栗羊羹】
33/68

神様たちと過ごす日々⑧

「先代は、ある日どこからかやって来た私に甘味を出し、今の私たちのようにもてなしてくれた。だが、私にはあるべき場所がなかったようで、帰ることはできなかった」



 雨天様は、それまでの記憶が曖昧な部分があり、自身が誰に仕えていたのか今も思い出せない、ということを話したあとで、寂しげに笑みを落とした。



「行く宛のない私に、先代は『ちょうど神使が欲しかった』と言い、自分に仕えないかと訊いてきた。先代は、この地域に雨を降らせる神様だったのだが、私は信頼できない者に仕える気はなかった」


「じゃあ、一度は出て行ったの?」



 私の問いかけに、雨天様は「いや」と苦笑した。



「先代は随分と人が好い……と言うと語弊があるのだが、まぁとにかく懐が広かった。神使になることを拒んだ私を、なんの見返りもなく置いてくれたのだ」



 そのときから、先代と雨天様の生活が始まった。

「最初はあまり仲良くはなかったが……」と苦笑した雨天様は、次第に少しずつ会話をするようになり、気づけばこのお屋敷で仕事をするようになっていたことを、懐かしそうに語っていた。



「そうして、私がここへ来てから二百年余りが過ぎた頃、私はとうとう先代の神使になるという契約を交わしたのだが……」



 そこで言葉を詰まらせるように瞳を伏せられ、私は思わずその顔を覗き込んだ。

 だけど、さっきよりもずっと寂しそうな双眸に捕らえられ、なにも言えなかった。



「先代の力は、その頃には随分と弱くなっていたのだ……。長い間ここをひとりで守っていた先代は、自身の力が弱まっていくことも厭わずにやって来る者たちをもてなし続けていたせいで、もうここを守るだけの力は残っていなかった」


「そんな……」


「ある意味、優し過ぎたのだろうな。私がそのことに気づいたときには、先代はもう私にすべてを任せるつもりでいたようだ」


「雨天様は、それを受け入れたの?」


「……そうするほか、なかったのだよ」



 答えをわかっていたような気がする疑問に対し、予想通りの言葉が返ってきた。

 まるで、昨日負った傷を見せるかのような、とても悲しそうな面持ちとともに……。



「納得したわけではなかったが、そう時間がないこともわかっていた。なにより、ただの神使である私に先代が消えてしまうことを止める力がないのは重々わかっていたからこそ、せめて恩義のある先代の想いを自分自身で引き継ぎたいと思ったのだ」


「でも……神様のお役目を引き継ぐなんて、そんなに簡単なことじゃないよね?」


「ああ、その通りだ。ただ店を継ぐのとは、わけが違うからな。神様の代わりなど、本来なら神使に務まるわけがない。だが、先代はあろうことか私と出会ってすぐに、ここを私に託すことを決めていたらしい」


「え?」


「先代の甘味を作る技術を覚えていった私は、知らぬ間にここを守るための力も分け与えられていた。私がここに来てから先代が消えてしまうまでの、二百五十年という月日を掛けてな」



 長い長い年月を掛け、先代は雨天様にこのお屋敷を託した。

 雨天様には、決して気づかれないように。



「先代は、消える前にとても楽しそうに笑っていた。『ずっとひとりだったが、お前が来てから毎日がとても楽しくて幸せだった』と。そう言われても、先代が消えたことをそう簡単に受け入れられなかったが……こちらがどれだけ悲しみに暮れていても、お客様は待ってはくれないからな」



 雨天様は、おもむろに空を仰いだあとで私を見つめた。

 とても優しく穏やかな表情で、けれど同じくらい寂しそうに。



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