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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 三 【栗羊羹】
31/68

神様たちと過ごす日々⑥

「おかえり」


「ただいま帰りました!」


「ひかりも、おかえり」


「えっと……ただいま」


「コン、材料は台所へ。猪俣様はお元気だったか?」


「ええ、相変わらずでございました」



 お屋敷に着くと、雨天様が優しい笑みで出迎えてくれ、台所に向かいながらコンくんの話を楽しそうに聞いていた。

 その様子を見て、ますます不思議な気持ちになってしまう。



 コンくんいわく、実は雨天様と猪俣さんは会ったことはないのだとか。

 理由は、雨天様はお屋敷の敷地内から出られないし、猪俣さんはお屋敷の場所を知らないから……らしい。



 ここにはコンくんの声に呼ばれれば来ることができるとはいえ、簡単に足を踏み入れられる場所じゃないとは聞いている。

 そして、必ずしもコンくんの声が聞こえるわけじゃない、とも。



 ただ、猪俣さんに関して言えば、代々このお屋敷との縁があるのだし、なによりもコンくんの姿が見えるのだから、お屋敷に来られそうなものなのに。

 コンくんに尋ねてみたところ、それとここに入れるというのはまた別の問題らしい。



 なんだか納得できるようなできないような、なんとも言えない気持ちだったけれど……。用意されていたおいしい昼食を食べている間も、雨天様がコンくんに色々と訊いているところを見ると、そういうものなんだと納得するしかなかった。



「さて、ひかり。片付けが済んだら、今度は私が庭を案内しよう」


「え? いいの? 仕込みとかあるんじゃないの?」


「猪俣様への手土産の栗羊羹が、今宵の甘味なのだ。あとは冷やしておくだけだし、私もひかりと少し話がしたい」



 ニッコリと微笑まれて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。

 初めてお屋敷に来てから今日までの三日間は、怒涛の日々だったからあまり意識する余裕がなかったけれど、雨天様には人間離れした美しさがある。



 銀糸のような髪、涼しげなのに力強い切れ長の瞳、高い鼻。

 よく見れば右の瞳の下には小さな泣きぼくろがあって、それがまた雨天様の秀麗さを際立たせているような気がした。



「私では不服か?」


「ううん、全然! えっと……よろしくお願いします」


「ああ」



 私が頭を小さく下げると、雨天様が瞳をそっと緩めた。切れ長の双眸が柔らかな優しさを灯し、やっぱり吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。



「でしたら、片付けは我々がいたしますので、おふたりはお庭へ」



 そんな私を余所にギンくんが笑顔で提案してくれ、私は片付けもさせてもらえないまま、雨天様に促されて……。雨天様を追って、玄関へと向かうことになった。



「ああ、ひかり。傘はいらないよ」


「でも、外は雨が……」


「だから、私の傘に入りなさい」



 雨天様は、玄関で自分の折り畳み傘を手にした私を制すると、立てかけてあった赤い和傘を持った。

 珍しいものを間近で見せられた私は、ついそれに見入ってしまう。



「蛇の目傘だ。柄は木棒で、こうして藤が巻いてある」


「触ってみてもいい?」


「ああ、持ってみるか? 少し重いが」


「うん、持ちたい」



 そっと渡された蛇の目傘を、どこか慎重な気持ちで受け取る。ずっしりとした重みがあるけれど、鮮やかな色に目を奪われた。

 蛇の目傘の赤い和紙には白い輪が施され、そこに沿うように梅の花が描かれている。内側に張られた糸は〝飾り糸〟というらしく、和傘の美しさに感嘆のため息が漏れてしまった。



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