神様たちと過ごす日々⑤
バス停からどんどん路地に入って行き、十五分ほど歩いて着いたのは、古い日本家屋風の建物の前だった。
建物の前で丁寧に一礼をしたコンくんは、「ごめんくださいませ」と言ってから、古びた格子造りのドアを開けた。
「おや、コンじゃないか。いらっしゃい」
「こんにちは、猪俣様」
「今日はデートかい?」
「いえ、こちらの方はうちのお客様なのですが……」
「なんだ、成仏できなかった奴か」
「猪俣様、ひかり様は人間です。それに、何度も言っておりますが、成仏ではなく〝あるべき場所にお帰りになられる〟のです」
「冗談だよ、まったく。コンは、相変わらず冗談が通じないな」
真っ白の髪を撫でた男性は、七十歳を過ぎていそうだけれど、とても元気だし、笑い方も豪快だった。
ふたりのやり取りに呆気に取られそうになっていた私に、不意に皺塗れの手が差し出された。
「猪俣だ。コンは、うちのお得意さんでね。ひかりちゃんって言ったかい? よろしく」
「あ、はい。#桜庭__さくらば__#ひかりです。よろしくお願いします」
その手を握って頭を下げると、「そんなに丁寧に挨拶してくれなくても構わないよ」と笑われてしまった。
程なくして、コンくんは猪俣さんに小豆と金箔を用意してもらい、それを受け取ったあとでずっと背負っていた風呂敷を下ろした。
「ご注文の栗羊羹です」
コンくんの言葉とともに風呂敷が開かれ、中からは笹の葉のようなものに包まれた棒状のものが出てきた。
「おお、これこれ。これが食いたかったんだ」
「今日のものは自信作だ、とのご伝言です」
「お前んとこのご主人様は、いつも自信作だって言うだろう」
ふたりのやり取りに違和感を覚えたのは、猪俣さんがコンくんだけじゃなく、雨天様のことまで知っているような口ぶりだったから。
むしろ、さっきの〝成仏〟のくだりを含め、事情を知っているとしか思えない。
「あの、猪俣さんって何者なんですか?」
「なんだ、コン。説明してないのか」
「ええ、まぁ。ひかり様が再訪されたのは昨日だったもので。それに、ここに来るまでは他のことを話していましたし」
「なるほどな」
猪俣さんは苦笑すると、私を見て優しく笑った。
「俺は、元神主なんだ。といっても、無名の小さな神社で、代々身内でひっそり守っているだけなんだが……。で、なんの因果か、うちの一族は代々視えやすい方らしくてね」
「……視えやすい?」
「いわゆる、幽霊や神様の類だよ。まぁなんでも視えるわけじゃないし、視えても関われるとも限らない。だが、コンのことは俺が子どもの頃から知っているんだ」
「コンが百三十歳くらいの頃、猪俣様がお生まれになりました」
コンくんが補足すると、猪俣さんがフッと口元を緩めた。
「なんでも、こいつのとこの先代がうちの遠いご先祖様と縁があったらしくてな。その縁で、今もこうして付き合いがあるんだ」
「猪俣家には代々、甘味をお持ちする代わりに、我々で手に入れにくい材料をご用意していただいているのです」
「神様が作った甘味なんて、なかなか洒落てるよなぁ。しかも、雨天様のお茶屋敷の甘味は抜群にうまい。縁を繋いでくれたうちのご先祖様には、感謝してるよ」
説明してくれる猪俣さんとコンくんを交互に見ていると、猪俣さんは「他人には食べさせてやれないのが残念だけどな」と眉を下げた。
意味がわからずにいると、コンくんが微笑んだ。
「雨天様の甘味は、本来は屋敷に訪れた者だけが口にできる特別なものなのです。先代と猪俣家の契約により、猪俣家は特別なのですが、〝猪俣家以外の者には食べさせない〟というのも契約のひとつなのです」
「じゃあ、お裾分けとかはできないってことなんだ」
「ええ。これはあくまで、猪俣家へのお礼であり、他の者のために作ったものではありませんから」
「まぁ、そういうことだな」
そこでこの話は終わってしまったけれど、雨天様の甘味を口にできる条件は厳しいみたい。
だとしたら、二度も食べることができた私は、自分が思っている以上に幸運だったのかもしれない、なんて考えていた――。




