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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 二 【どらやき】
18/68

居場所を失くした者⑦

「触れさえしなければ、なにも危険なことはない。ただ、お前はお客様がお帰りになるまで私の隣にいなさい」


「……わかった」


「いい子だ。では、こちらにおいで」



 言われるがまま立ち上がって雨天様のもとに行くと、雨天様は指先で私の額にそっと触れ、よくわからない言葉を囁いた。

 一瞬だけ光ったような気がしたけれど、その光はすぐに消え、代わりに額がほんのりと温かくなった。



「では、コン。ひかりを頼む」


「かしこまりました」


「え?」


「心配することはない。お客様に出す甘味を用意したら、すぐにここに戻ってくる。それまで、コンの言う通りにしておれ」


「大丈夫ですよ、ひかり様。雨天様がお戻りになられるまで、コンがお傍におりますゆえ。それに、ひかり様は雨天様に守られておりますから、なんの心配もございません」



 不安をあらわにした表情で雨天様を見た私に、雨天様とコンくんが笑顔を向けてくれる。ギンくんも、優しい面持ちで頷いていた。



「ひかり様の額にかけられたのは、雨天様の術にございます。簡単に言えば、悪いものを寄せつけない結界のようなものです。雨天様がお傍にいないときは、雨天様の力がひかり様をお守りしてくださいます」



 雨天様とギンくんがいなくなったあと、コンくんはそんな説明をしたあとで、「では見ていてくださいね」と口にした。ニッコリと笑みを向けられて、自然と頷いてしまう。



「きまっし……いっぺんきまっし」



 優しい声音でそんな風に言い出したコンくんは、同じような言葉を何度か繰り返した。

 そのセリフは、私も耳にしたものだった。



「さて、今宵のお客様がいらっしゃいますよ」



 今宵とは言われたけれど、外はまだ明るい。

 この部屋に時計はないから正確な時間はわからないけれど、せいぜい十五時といったところだろう。



「ねぇ、〝きまっし〟ってどういう意味?」


「金沢の方言で、『ここに来なさい』というような意味でございます」


「じゃあ、あの言い方だと、〝一回ここに来なさい〟って感じ?」


「心に傷を負った方に話しかけていますので、『一度ここに来てごらんなさい』という風に伝わればいいなと思っております。ひかり様に声を掛けたときは『たぁた』とも言いましたが、そちらは『お嬢さん』という意味です」



 コンくんは、丁寧に答えてくれた。

 その対応につられるように、私の疑問はどんどん湧いてくる。



「毎回声の掛け方は違うの?」


「いえ、『いっぺんきまっし』が基本にございます。ひかり様に『たぁた』と言ったのは、その方が聞こえやすいかと思ったからでございます。私は、ひかり様にお会いしてみたかったので」


「え?」



 首を傾げると、コンくんはなにかを察知したようにハッとして、玄関の方に視線を遣った。それから、「申し訳ございません」と眉を下げた。



「もう少しお話したかったのですが、お客様が屋敷の門を開かれたようですので、私は玄関までお迎えに上がります。ひかり様は、ここにいてくださいね。絶対にこの部屋から出てはいけませんよ」


「うん、わかった。あ、またあとで色々教えてくれる?」


「もちろんでございます」



 コンくんはニッコリと笑うと、急いで部屋から出ていった。



「……ひとりぼっちって、ちょっと心細いかも」



 ひとりになった部屋はやけに静かで、危険だなんて聞いたばかりだからか、守られていると教えてもらったのに不安が芽生えてくる。

 それでも、部屋から出てはいけないと言われたからには待つことしかできなくて、落ち着かない気持ちで縁側の向こう側を見たり、深呼吸をしてみたりしていた。



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