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金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷  作者: 河野美姫
お品書き 二 【どらやき】
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居場所を失くした者⑤

 温かいほうじ茶とともに並べられたのは、ふんわりとしたフォルムのどら焼き。

 さっき私をここに誘ってくれた香りの正体がこれだったのだと気づくまで、そう時間は掛からなかった。



 昨夜のあんみつに使用したものと同じ小豆を時間を掛けて炊き、丁寧に焼き上げた生地に挟んだものに、栗がひとつ入っているのだとか。

 焼きたてじゃないのに、鼻腔をくすぐる香りに誘惑されたお腹の虫が反応してしまいそう。



「さぁ、まずはいただきましょう」



 ギンくんの声に、みんなが頷く。

 手を合わせた雨天様に続いて、コンくんとギンくんも両手を合わせたから、私もそれに倣うようにした。



「いただきます」



 雨天様の声を機に、それぞれが同じ言葉を紡ぐ。

 真っ先にどら焼きにかぶりついたのはコンくんで、ギンくんはお行儀よくひと口頬張り、雨天様はなにやら出来栄えを観察しているみたい。



 そんな三人を横目に、期待値が高まり切った私もどら焼きを口に運んだ。

 柔らかな感触が歯に当たり、生地をそっと噛み切れば、しっとりとしたあんこの味が口いっぱいに広がっていく。



「おいしい!」



 昨夜とまったく同じ感想しか言えなかったけれど、それが一番端的で的確な言葉だったはず。笑顔の私を、三人は微笑ましそうに見てきた。



「ひかりは、本当においしそうに食べるな」


「だって、本当においしいんだもん」



 雨天様に笑顔を返し、ふた口目、三口目……と、優しい甘さを身に纏ったどら焼きを堪能する。

 栗が入っているところはあんことの相性が抜群で、このペースならあっという間に完食してしまいそう。



「雨天様のどら焼きも、あんみつに負けず劣らず絶品なのですよ」


「私はこれが大好物なのです! 雨天様、おかわりしてもよいですか?」


「好きなだけ食べるがよい」



 おかわりを許してもらえたコンくんは、テーブルの真ん中に置いてあったお皿から両手にどら焼きを取り、ふたつを交互に食べ進めた。

 大好物なのはよくわかるけれど、それにしても息継ぎも忘れるかのような勢いで食べる姿はなかなか衝撃的だった。



「ひかりも遠慮せずに食べてよいぞ」


「あ、うん。じゃあ、もうひとついただきます」



 コンくんほどじゃないけれど、早々に完食した私もおかわりをもらうことにする。

 ふたつ目もまったく飽きることなく口に運び、結局あっという間に食べ切ってしまった。



 雨天様とギンくんがふたつ目を食べ終える頃、コンくんは五個目のどら焼きを完食し、満足そうに「満腹です」と笑っていた。

 私は、口腔に残っていた甘味をほうじ茶で中和させながら、コンくんの姿に笑みを零していた。



「さて、どうしたものか」


「そうですねぇ」


「はい! コンに提案がございます!」



 悩ましげに切り出した雨天様と、同じような顔で声を漏らしたギンくんに反し、コンくんの声音はやけに明るかった。

 雨天様は、「なんだ、コン」と落ち着いた口調で尋ねた。



「ひかり様には、しばらくこちらにいていただくのはいかがでしょう?」


「は?」


「コン、それはいけませぬ」



 コンくんの提案に、首を傾げた雨天様を見て、ギンくんがすかさずたしなめる。すると、コンくんは不満げにギンくんを見た。



「でも、ギンも見たでしょう? 私はきちんと記憶を消したはずなのに、術は効かなかった。忘却の術は、同じ者に何度も使えません。その上、この術は私しか使えないじゃありませんか」


「でも……」


「ひかり様がここを見える間にひとりにする方が、よほど危険です。だったらいっそ、我々で守って差し上げればよいのです。そのうちにひかり様の心も癒え、我々のことも見えなくなるでしょう」



 お調子者っぽいと思っていたコンくんは、意外にもとてもしっかりしているようで、ふたりはコンくんの話に耳を傾けていた。

 なんとなく選択権がないというのを悟った私は、あまり穏やかじゃなさそうな単語が出たことにわずかな不安を覚えながらも、状況を見守ることに徹する。



「確かに、一理あるな。ところで、ひかり。お前はいつ、この屋敷のことを思い出した?」


「え? えっと……朝ご飯がなにもなくて、仕方なく戸棚に入ってたあんみつを食べてたときに、なんとなく……?」



 しどろもどろに話す声が尻すぼみになったのは、少しだけ自信がなかったから。

 昨夜の記憶が鮮明になるほどに、それを思い出した経緯が不透明になってしまったような奇妙な感じがする。



「覚えている範囲でよいから、話してはくれないか」


「あ、うん」



 雨天様の言葉に、コンくんとギンくんも私を真っ直ぐ見つめてきた。

 こんな風に三人の視線を浴びるのは何度目だろう、と考えながらも今朝からのことを話していくと、意外にも上手く思い出せていったような気がする。



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