居場所を失くした者④
「雨天様、どうしてひかり様が⁉」
「コン、お前の術が甘かったのだろう!」
「そ、そんな! コンは、慎重に術をかけ、ひかり様の記憶を消して参りました!」
眉間に皺を寄せている雨天様に、慌てたように首を横に振るコンくん。
その様子を見ていると、私はここに来てはいけなかったのだということを悟らされてしまった。
「だったら、どうしてひかりがここに来られたのだ? 術が効いていれば、二度と屋敷には来られないはずだろう」
「それは、コンにもさっぱり……」
もし、私が訪れなければ、きっとコンくんは叱られなかったに違いない。
途端に申し訳なくなって謝罪の言葉を用意しようとしたとき、「雨天様」という声が廊下に響いた。
「庇うわけではございませんが、確かにコンはきちんと術をかけておりました。ひかり様を眠らせたあと、私もきちんと確認しております」
「それは本当か?」
「はい。なんと言っても、人間のお客様は実に八十年ぶりです。コンも私も、慎重にならざるを得ませんでしたので」
「それは、確かにそうだな……」
ギンくんの言葉に納得した様子の雨天様は、私を見下ろしてじっと見つめてきた。
なにかを考えるように眉間に皺を刻んだ表情なのに、男性とは思えないくらいに美しい。
思わずぼんやりと見入っていると、雨天様は唐突に深いため息を漏らした。そして、「わからぬ」とだけ言い放った。
「雨天様、それであの……」
「すまぬ、コン。確かに、術をかけた形跡はある。お前のことだから、うっかりして術が甘かったのだと思ったが、そういう様子もない」
私の全身に視線を走らせたあと、雨天様は「やっぱりわからぬ」とため息をついた。
「とにかく、ひかりを外へ」
「あの、雨天様! お言葉ではございますが、このままひかり様を帰してもまた同じことになるのでは?」
「……どういうことだ?」
「ひかり様は、自らの力でここに来られました。術はきちんとかかっていたので、ご自身で解いたということはないでしょう。となれば、ひかり様は心の傷が癒えなかったのではありませんか?」
コンくんの言葉に、雨天様は眉間の皺を深くした。
三人の視線が私に向けられ、なにかを探るような六つの瞳が突き刺さる。
「確かに、コンの言う通りかもしれませぬ。私も、人間のお客様は久しぶりなので、確信はありませぬが……」
「どちらにしても、このままお帰しするわけには……」
「……仕方ない。まずは話すことにするか」
程なくして、雨天様はため息混じりに頷き、納得したようにそう言った。
どこか居心地が悪くなりそうだった私は、自然と緊張していたようで、ほとんど無意識のうちに安堵の息を吐いていた。
「では、まずはお茶を淹れて参ります」
「ああ、ついでに今朝作ったどら焼きも持っておいで」
「もちろんでございます」
ギンくんは笑みを浮かべると、「雨天様とひかり様はお部屋の方へ」と言い、コンくんとともにどこかに行ってしまった。
残された私たちは、特に会話もないまま客間に足を運んだ。




