居場所を失くした者①
ふわふわとした、優しい温もり。穏やかな声と、大きな手。
私は、たぶん知っている。この温もりを感じたのは、きっと初めてじゃない。
あれは確か、まだ幼い頃のこと。
おばあちゃんと遊びに出かけた先でたくさんの人の波に飲み込まれ、迷子になって泣いていたときだった。
『どうした、迷子か?』
『うん……おばあちゃんがいないの……』
しくしく泣きながら歩き、すっかり疲れ切ってしまっていた私は、今の空の色とよく似た着物を着た人に話しかけられた。
直後、その優しい声に安堵したのか、さらに涙が止まらなくなった。
運悪く、晴れていたはずの空からは雨が降り始め、持っていた傘を差したけれど、あっという間に強まった雨足のせいで足元はびしょ濡れになっていた。
それが余計に心細さを強くし、私はお気に入りの傘の持ち手を一生懸命握っていた。
『泣くな。この道を真っ直ぐ歩いて行けば会える』
『え? 本当?』
『ああ、あちらもお前を探している。すぐに会えるから、なにも心配することはない。ほら、早く行け』
『うん! ありがとう!』
なぜか素直に信じ、お礼を言って駆け出した。そして、本当に私を探していたおばあちゃんに会え、ホッとした私は大声を上げて泣いた――。
* * *
瞼を開けると最初に視界に入ってきたのは、見覚えのある天井。
おばあちゃん家の居間にいることはすぐにわかり、ゆっくりと体を起こした。
「いつの間に寝ちゃったんだろう……」
昨夜は、確かコンビニに出かけた。だけど、なにを買ったのかはおろか、どうやって帰ってきたのかも思い出せない。
「お酒とか飲んだっけ?」
サークルやゼミの飲み会には参加するけれど、ひとりで飲むほど好きなわけじゃない。
それでも、おばあちゃんの家に来たことで余計に悲しさを感じたのは事実で、その逃げ道としてアルコールを選んだというのなら頷ける。
ただ、布団から出て向かった食卓にも台所にも、お酒を買ったり飲んだりしたような形跡はなかった。
おばあちゃんは飲まない人だったから、ここには買い置きの酒類はないはず。
「うーん、なんか忘れてるような……。懐かしい夢とか見た気がするんだけど、思い出せないなぁ」
自然とひとり言が落ちていき、静かな部屋で昨夜のことを思い出そうとする。
それなのに、半日ほど前の自分の行動が思い出せなくて奇妙な感覚に陥り、不安を覚えて気持ち悪くなっただけだった。
反面、なんだか心はすっきりしている。
相変わらずおばあちゃんの雰囲気を感じる家にいると悲しくなるのに、なぜか昨日ここに来たときよりも心は落ち着いていた。




