表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/100

第90話 ネガティブ勇者、消える



「な、なんだこれは……」

「っ、くそ……ナイ、ナイ!」


 レインズはナイに向かって呼びかけるが、返答はない。

 周囲は闇に飲まれ、少年の声が四方から響いてくる。

 この闇全てが魔王そのものと言ってもいいだろう。何人もの異世界の少年を闇に落としてきた、


「失うものがなければ悩まずに済んだのにね、ユウシャサマ。大切なものなんか作るから、利用されるんだよ。かつての勇者達と同じようにね」


 ナイの頭の中に影が侵入してくる。

 頭を掻き乱し、心の中に踏み込んでくる。


 利用される。失うものがなければ。

 魔王の放った言葉の意味が分からず、ナイは困惑する。

 何をするつもりなんだ。

 土足で心の中を踏み荒らされていく感覚。

 怖い。入られたくないところに、何かが入ってくる。


「さぁ、ユウシャサマ。心を解放しよう。君の深い闇を、大切な大切なオトモダチに見せてあげようよ。隠し事なんて、もう必要ないでしょ?」


 心を鷲掴みされたような、そんな感覚が襲い来る。

 暴かれる。ずっと隠してきた元の世界のこと。自分の過去。

 見られたくない。知られたくない。

 汚れた自分のことなんか。


「いや、だ。いやだ……!」


 ――見ないで。


 そんなナイの願いが届く訳もなく、黒い影が二人に記憶を共有しようとする。

 ナイがずっと見てきた悪夢。ずっと苦しめてきた、地獄の時間。


「さぁ、ユウシャサマ。本当の君を、見てもらおう」


 海に沈むように、レインズとアインの体が闇に落ちる。

 深い底。そこにあるのは、ナイの記憶。


 映画のフィルムのように、いくつもの映像が二人の前に表示される。

 幼い頃のナイが母親に暴力を奮われ、義父や知らない男たちに犯される毎日。

 抵抗していた幼少時。

 そしていつしか心が死んで、そんな日々を受け入れていく。


 ――見ないで。


 たくさんの男達に囲まれて、人形のように扱われる毎日。

 性欲処理に使われ、真っ白に汚されていく体。

 笑いものにされ、欲の捌け口にされ、擦り切れていく心。


 ――見ないで。


 血を分けた親に人間扱いされず、殴られ、死なれたら面倒だからという理由だけで生かされていた。

 都合のいい駒になるために。


 ――見ないで。


 人間じゃなかった。

 人として扱われたことなんかなかった。


 愛されない。

 愛されたらいけない。


 こんな、汚い自分なんか。


「見ないで。見ないで。見ないで。見ないで。見ないで!!」


 ナイの悲痛な叫び声が暗闇に響く。

 周囲の暗闇がナイの体に吸い込まれていった。

 もう少年の声は聞こえない。


 もう、勇者の姿もない。


「……ナイ?」


 闇の晴れた王の間。玉座の前に彼はいた。

 呆然と立ち尽くすナイに、レインズが声をかける。


 あまりにも静かで、怖くなる。

 今のナイがどうなってしまったのか、何も分からない。

 レインズはナイへと一歩近付いた。


「…………来ないで」


 ナイがポツリと呟くと、彼を中心に衝撃波が走る。

 レインズとアインはそれに弾かれ、ナイに近付くことが出来なかった。


「ぐあっ!」

「っぐ!」


 壁に背中を強打し、二人は痛みに顔を歪ませた。

 だが今は、自分の痛みなんかよりも大事なことがある。

 目の前にいる、さっきまで勇者だった彼のことだ。


 彼の周りに渦巻く黒い影。

 光の失くした瞳。

 外見が変わった訳じゃないのに、何かが違う。


「…………いら、ない」


 何も変わらない声音なのに、恐ろしく、酷く痛々しさを感じる。


「もう、何も……いらない……」


 ナイの足元が黒く染まり、体が沈んでいく。

 闇の中に、消えていく。


「ナイ!!」

「勇者!」


 二人は駆け出すが、間に合わない。

 闇に落ちていった勇者を、救えなかった。


 もういらない。

 元の世界も。この世界も。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ