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第83話 ネガティブ勇者、決戦前




 不思議と落ち着いていた。

 これから魔王城へと行くというのに、どこか冷静な自分がいることに驚いているくらいだった。


 ナイはいつも通り朝早くに目を覚まして、精神統一をしていた。

 昨晩、レインズと話をしたからだろうか。彼の告白に驚きはしたが、一晩経ってその気持ちを自分なりに受け止めることは出来たと思う。


 体の調子も良い。魔力も乱れていない。

 何も問題はない。怖いくらい何もなさすぎて、余計な心配をしそうだ。


「おい、起きてるか」


 ドアがノックされ、アインがいつものように朝食のワゴンを引いてきた。

 変わらない様子でテーブルに食事を並べている。


「……アインは、落ち着いてるね」

「いまから焦っても意味ないだろ。とはいえ、全く緊張していないわけでもない」


 確かにアインの表情はいつも以上に硬いようにも見える。

 今から魔王城に行くのだから、これが当然だろう。


「そういうお前こそ、平気そうな顔してるな」

「……そう、だね。落ち着いてはいる……でも、なんだろうね、そんな自分が、ちょっと怖い」

「怖い?」

「絶対勝てる自信があるわけでもない。もちろん負けるつもりもないけど……なんか、分からないや」

「やっぱり緊張してるんじゃないのか。とにかくさっさと飯食え」

「レイは?」

「レインズ様なら国王と一緒だ。今日くらいは一緒に食事を取らないかと国王が仰られたからな」

「……そっか」


 国王にとってレインズは大事な一人息子。しっかり見送りたいのだろう。

 親子の大事な時間を邪魔する理由などない。


 久々にアインと二人での食事。

 特に会話もないが、気まずさはない。


 今日の朝ご飯は、この世界に来て初めて食べたのと同じサンドイッチ。

 あまりの美味しさに涙をしたのを今でも覚えてる。食事が人間に大事なものなんだってことを実感した。


「……美味しい」

「もう吐くなよ」

「それは、忘れてほしい……」

「無理だな。あれは、結構な衝撃だったし」


 アインはその時のことを思い出してククっと笑った。

 初めてマトモに食べた食事が胃に合わなくて吐いてしまい、汚したシャツを内緒で片付けようとしたところをアインに見つかった。

 あの時のナイは精神がボロボロで、とても世界を任せられるような人物ではなかった。

 だが、いまは違う。アインは目の前の少年を見て、小さく笑みを零した。

 一方的に守ってもらおうなんて思わない。共に戦うのだ。きっと彼なら世界を救えると、信じているから。


「そういえば、もう変な夢とやらは見てないのか」

「うん。いまのところは、平気」

「そうか。原因も分かってないんだから、無茶はするなよ」

「わかってる。ありがとう」


 アインの気遣いに、ナイは微笑んだ。

 レインズと一緒にいる時とは違う、温かさ。胸の奥からふわりと灯るロウソクのような柔らかい熱。

 この時間が、ナイの心を穏やかにしてくれる。


 この時間を、守りたい。

 ナイは、静かにそう願った。




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