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第7話 ネガティブ勇者、安眠を得る




 暫くして、レインズはナイの身の回りの世話などをメイドに頼んだ後、寝間着になりそうな薄着の服を持って再び彼の部屋を訪れた。


「ナイ様。今よろしいでしょうか?」


 ドアをノックして尋ねてみるが、返事はない。

 レインズは失礼しますと一声かけて部屋へと入った。

 シンと静まった室内。部屋を見渡してもナイの姿は見当たらなかった。どこかに出かけたのだろうか。レインズは手に持った寝間着をベッドの上に置いて出直そうと思った。


「ん?」


 立ち去ろうとしたが、クローゼットのドアが少しだけ空いているのに気付いた。耳を澄ませば、小さな寝息も聞こえてくる。そっと近付いて中を覗くと、そこには隅で体を丸めて眠るナイの姿があった。


 なんでこんな場所で寝ているのか不思議だったが、彼の寝顔を見て起こすのを躊躇った。

 さっきまでと違い、安心しきった表情をしている。

 この世界に来てからずっと、悲しそうな、不安に満ちた顔をしていた。王に謁見したときも笑顔を浮かべてはいたが、顔は青ざめていて今にも倒れそうだった。

 レインズは起こさないように気を付けながらナイの隣に腰を下ろす。よく見ると、ナイの頬には涙の跡があった。あの後も泣いていたのだろうか。目元にはまだ涙が溜まっていた。


「……ごめんなさい、ナイ様」


 ずっと何かに脅えたような様子のナイ。

 そんな彼に勇者という役目を背負わせてしまった。レインズは罪悪感で胸がいっぱいだった。


 召喚される勇者はおとぎ話に出てくるような、勇敢で自信に溢れた人だと思っていた。

 この世界のピンチに颯爽と現れ、悪を滅ぼしてくれるものだとそう信じて疑わなかった。

 馬車の中でナイに言われた通り、自分が守られる立場にあるからこそ、勇者という存在に希望だけを抱いていた。喚ばれてきた相手の気持ちなんて何も考えていなかった。

 もし自分がナイの立場にあったら、きっと彼と同じように泣いていたかもしれない。自分よりも幼い少年にこの世界の脅威と戦えだなんて、無責任にもほどがある。

 だけど、魔王と対峙できるのは異界から来た勇者だけ。彼に頼ることしかできない自分が、情けない。レインズはナイの目元の涙をそっと拭った。


 このまま放っておくこともできない。レインズはベッドから毛布を取り、ナイに被せた。

 硬い床の上で寝たら体を痛めるかもしれない。しかし抱き上げたときに彼を起こしてしまうかもしれない。レインズは少し考え、ナイを起こさないようにそっと慎重に彼の頭を持ち上げ、自身の膝の上へと乗せた。

 いま彼にしてあげられることはこれくらいしかない。

 これから、彼に無理を強いることしかできない。だから、せめてもの償いがしたい。


「……なぜ、時空(とき)の大精霊様は彼を選んだんだ」


 きっと何か理由があるはず。決して無差別に選んだわけじゃないはずだ。

 そうでなかったら、ナイが召喚された意味が分からない。こんなにも気弱で自信もない少年を。

 召喚して、泣き出したナイを見たときは正直残念でしかなかった。レインズにとって勇者はこの世界の希望だったから。

 だけど馬車の中で彼の言葉を聞いて、勝手に期待して失望していた自分が恥ずかしくなった。

 勇者は戦う者。王家は守られるもの。そう思い込んでいた。

 本来、王家の者である自分は民を守るべき存在なのに。もちろん民を守りたい、守ろうという気持ちは十分ある。しかし魔王に対してだけ意識が違っていた。魔王がこの世界の、守るべき民達の脅威であることに変わりないというのに。


 ナイの頭を優しく撫でる。

 まるで、小さな子供のような少年。

 だけど、なんでだろう。レインズは彼に対してどこか違和感があった。突然異世界に呼ばれて勇者になれだなんて言われたら確かに慌てふためくだろう。だがナイの脅えようはそんなものではなかった。


 それは、愛されて生まれ育ったレインズには到底理解できないものだろう。レインズとナイは真逆の環境で育ってきたのだから。

 レインズにナイの閉じた心を解き放つことはできるのだろうか。それは容易なことではない。今のレインズにそれを知る由もない。

 ただ今だけは、優しい夢が見れますようにと願いながら頭を撫でることくらいしかできない。





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