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第4話 ネガティブ勇者、ロリ賢者に会う




 馬車に乗って数十分。気まずい沈黙のまま、彼らは漸く目的に着いた。

 アインが先に馬車を降り、それに続いてレインズがアインに手を引かれながら降りる。

 まるで映画のワンシーンのようだ。一つ一つの動きが絵画になりそうな光景に、ナイの心にジリジリと痛みのような感覚が広がる。


「ナイ様。お手をどうぞ」


 レインズが微笑みながら白い手が差し出される。一瞬躊躇ったが、ナイは大人しくその手を取った。

 レインズの後ろに立つアインはさっきのナイの言葉にまだ怒っているのか眉間に皴を寄せてこちらを見ている。主君である王子にあれだけの悪態をついたのだから仕方ないことだろう。


「ここが先ほど話した賢者様のお住まいです」


 ずっと膝を抱えていたナイは、いつの間にこんな森の中に来たのかと驚いた。

 目の前にある小さな一軒家以外、周りにあるのは空を覆いつくすほどの木々のみ。また別世界に迷い込んだような感覚さえしてくる。

 呆気に取られているナイを他所に、アインは先に進み玄関のドアをノックした。


「賢者テオ様、アイン・ヘッシュハーバです。例の勇者を連れてきました」


 アインがドアの向こうに届くように大きめの声で言う。

 しばらく待っていると、キィと小さく音を立ててドアが開き、中から自分の身長より大きな杖を持った女の子が現れた。


「遅かったわね。まぁいいわ、さっさと入りなさい」


 態度のデカい少女、テオにアインもレインズも特に顔色を変えることなく、頭を深々と下げてから部屋の中へと入っていった。

 この中で完全にアウェイな空気のナイはとりあえず黙って二人に付いていく。今はそれしかない。


「んで、その子がそうなのね?」


 部屋に入るなり、テオは問いかけてきた。レインズが頷くと、少女はナイの前に歩み寄り、じろじろと観察するように見てくる。


「……ふーん。まぁ確かに勇者として召喚されたのは間違いないわね」

「本当ですか、テオ様? こんな普通の少年が……」


 疑わしいという視線を向けるアインに、テオは呆れたような表情を浮かべて大きくため息をついた。


「あんた、ちゃんと見てないの? この子の首に紋章がちゃんとあるじゃない」


 そう言ってテオが手に持っていた杖の先をナイの首筋に向けた。

 危ないだろ、と言ってやりたいところだったが口を挟める空気でもなさそうなのでその言葉はぐっと飲み込んだ。


「紋章……これは、古の書にあった勇者の証……」

「ええ。ナイ様は間違いなく勇者様です」


 ナイの首筋を覗き見て驚くアインに対し、レインズは冷静だ。

 レインズはナイを呼び出した張本人であり、既に首の紋章も最初に確認している。今更驚くようなことでもない。

 むしろ当人であるナイは鏡もない場所で自分の首元等見れるはずもなく、いつの間にそんなものが付けられたのかと自身の首を無駄に触って確認しようとしている。


「それで? 王様の前にわざわざ先に私の元に連れてきたのはなんで?」

「ナイ様が勇者であることに違いはないのですが、ナイ様自身ですらご自身のお力が分からないのです。かつての勇者様には、その勇者様にしか持たない特別な力をお持ちだったと聞きます。なので、テオ様にその力が何なのか見ていただきたく思いまして……」

「ほうほう、なーるほどね」


 特別な力。その言葉にナイは夢の中のことを思い出した。あのとき聞こえてきた声は自分にステータスを付与すると言っていたはず。

 つまり、レインズがいう特別な力とはそのステータスのことだろうか。

 二人の会話の内容についていけそうにもないが、自分の現状を知るためにはその力の有無を知るのも大事だろう。ナイはそのまま黙って流れに身を任せることにした。


「それじゃあ、ナイとか言ったっけ? 勇者ナイ、私の目をジッと見ててね」

「は、はい」


 名前を呼ばれ、ナイは反射的に返事をした。

 言われるがままテオの目をジッと見る。宝石のような透明感のある蒼い瞳。真っ直ぐ見つめるその眼差しから目が離せなくなる。


「……随分と守りに特化してるみたいね。あらゆる攻撃を防ぐ、鉄壁の力。それから……まるで星の見えない漆黒の夜みたいな色……魔法属性は闇のようね」

「や、闇……?」

「ええ。なるほど、これは良い傾向じゃない?」

「闇って……悪い魔法とかじゃないんですか?」

「あんたの世界ではそうだったの? でもね、魔法に良いも悪いもないわよ。それは使い手次第だもの。ああ、それから自然治癒能力を持ってるみたいね。ちょーレアじゃない、さっすが勇者様。守りに関しては右に出る者はいないわよ。もしかしたら歴代の勇者の中でもトップクラスなんじゃない?」

「素晴らしいです、ナイ様。やはり、この世界を守るための力をお持ちなのですね」


 このステータスはナイの記憶から構成されたもの。

 つまり散々親から暴力を受け続けてきたナイだからこそ、自己防衛に特化したに過ぎない力。

 レインズもナイもその事実は知らないが、自分を持ち上げようとするレインズの言葉にナイはまた心に痛みのような感覚を得る。

 元の世界で守ることができなかった自分自身を守るための力。

 その力で世界なんて守れるのだろうか。今まで何かに立ち向かうようなこともしたことがないのに。

 世界なんて大きなものを守れるとは思えないし、「わかりました、力があるので戦います」なんて言えるわけがない。

 責任を負うような役目を、与えないでほしい。


「……とりあえず、今後に関しては王様にお目通りしてからね。いくら勇者とはいえ、この子はこの世界のことに関して何も知らないんだから、いきなり色んな事詰め込んだって覚えられないわよ」

「ええ、そうですね。では、ナイ様。城へとご案内します」

「……はぁ」


 テオはこちらの気持ちも汲んでくれているようで、ナイは少しだけ安心した。

 そして、次に会わされるのは一国の王。自分なんかが会いに行って大丈夫なのかと新たな不安がナイを襲う。

 正直、行きたくはない。ナイからすれば自分はただの一般人。どんなに周りから勇者だなんだと言われてもいきなり自分への認識を変えることはできない。そんな自分がいきなり物凄く目上の偉い人に会わなきゃいけないだなんて、緊張で胃が痛くなりそうなくらいだ。



ーーーー

ーー



 三人が馬車に乗りこみ、城へと戻る。

 遠ざかっていく馬車を見送りながら、テオは心配そうな表情を浮かべていた。


「……あの子には荷が重いかもしれないね」


 ナイの能力を確認する際、見えてしまった彼の記憶の断片。

 あまりにも痛々しく、悲しみと恐怖に満ちたものだった。吐き気すら覚えるその光景。ナイの力があんなにも守りに特化された理由にも納得がいく。


 おそらくナイは勇者として戦いに行くだろう。それは自分自身で決めたことではなく、人に逆らうという選択ができないからだ。

 どんなに心の中で嫌がっていても口に出すことはできないだろう。

 馬車の中でナイはレインズに悪態をついてしまったが、城に行けば彼に羨望の眼差しを向ける者ばかり。その大勢の前で、ナイは本音を言えない。

 逆らったら、嫌われる。機嫌を損ねたら殴られる。そうやって生きてきた。異世界に来たからと言って、そんなすぐに人の性格は変わらないし、トラウマは消えない。

 だがしかし、戦えるかと言ったらそれはまた別の話だ。与えられた能力のおかげで魔物討伐に出ても死にはしないだろうが、剣を振れるかどうか分からない。

 テオは頭をガシガシと掻き、深くため息を吐いた。


「……仕方ない。年寄りが出しゃばるとするか」


 そう言って、テオは部屋の中に戻った。

 この世界を救えるかどうか、結局のところ勇者にかかっているのだ。背負いきれない重荷を与えてしまうことになるのだから、前を向けるように手を貸すのがこの世界に生きる者の責任だ。





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