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第3話 ネガティブ勇者、初めての暴言





 何十分経っただろうか。

 ようやく落ち着いてきた少年は、すんすんと鼻をすすりながらレインズにごめんなさいと一言呟くように言った。

 レインズも泣き続ける少年を宥めてるうちに冷静さを取り戻し、優しい笑みを浮かべている。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……あの、初対面の人にご迷惑をおかけしてすみませんでした……」

「いえ。こちらこそ、勇者様に対して何がご無礼なことをしていたら申し訳ありません」

「えっと……そういうわけじゃなくて……いや、そもそも今この現状がどういうことなのか教えてほしいんですけど」


 少年は情けない姿を見せてしまった恥ずかしさから、いつもより早口で話し出す。

 その様子にレインズはクスッと笑みを零し、少年に手を差し出した。


「ご説明いたします。まずはこの国の賢者様のところにご案内しますので、こちらへどうぞ」

「は、はい」


 ここに一人で残っても何も分からない。

 少年はレインズの手を取り、塔を後にした。




ーーーー

ーー



 塔を降りると、外で先ほどの従者が馬車を待機させていた。

 生まれて初めてみる馬車。テレビや本の中でしか見ることのない本物の馬に、少年はビクつきながらもそっと近づいてみた。


「馬をご覧になるのは初めてですか?」

「はい……その、どこにでもいる生き物ではありませんから」

「この子は大人しくていい子ですから、撫でてあげて大丈夫ですよ」


 レインズに促され、少年は恐る恐る手を伸ばしてみた。

 初めて触れる馬の感触。柔らかな毛並みに、感動すら覚える。そっと撫でてやると、ブルルと鼻を鳴らして気持ちよさそうに目を細める。

 可愛いかもしれない。少年は少し嬉しくなり、強張っていた表情を和らげた。


「では、そろそろ参りましょう。アイン、賢者様にご連絡は?」

「ええ。先ほど魔法水晶(クラリアス)でご報告しました」

「ありがとう。では勇者様、馬車にお乗りください」

「……」

「勇者様?」

「え? あ、そっか、勇者って僕のこと……すみません」


 少年は名残惜しそうに馬から離れ、馬車に乗り込んだ。

 ふわりと柔らかい椅子。綺麗な装飾の施された内装。見慣れない光景に少年は目が眩みそうになる。


「あの、勇者様?」

「……え? あ、はい」


 呼ばれ慣れないその名前に少年は少しだけ反応が遅れながらも返事をした。

 その様子にレインズは少し考えるように口元に手を添え、少年に問う。


「申し訳ありません。まだ勇者様のお名前をお聞きしてませんでした。差し支えなければ、お名前を教えていただけますか?」

「……な、名前……ですか」

「ええ」


 少年はぎゅっと両手を膝の上で握り締め、レインズから視線を反らした。

 言いにくそうに、言いたくなさそうに、小さな声で自身の名を告げた。


「……ない」

「え?」

「な、名前。降谷、ナイ……変な名前ですよね」

「ナイ様、ですね。そんなことありませんよ。可愛いお名前じゃないですか」


 レインズのその言葉に少年改め、ナイは唇を噛んだ。

 可愛くない。この名前は、親が適当に付けたものだ。

 いらない子だから、「ナイ」。いらないの、ナイ。何もない子。必要のない子。そういう意味を込めて。

 ナイはこの名前が大嫌いだった。呼ばれたくもない名前だった。

 意味を知らないからレインズに悪気がないとはいえ、ナイは面白くなかった。


「ナイ様。まずは召喚に応じてくださってありがとうございました。改めてお礼を申し上げさせていただきます」

「え、いや……応じた覚えはなくて……気付いたらここにいたというか……変な夢を見たと思ったら、こんなところで目が覚めて……」

「夢、ですか?」

「何もない空間で、声だけが聞こえてきて……ステータスがどうとか、魔法がどうとか……そういえば、勇者召喚がどうのこうのって言ってた気がしなくもないけど」


 ナイは朧げな記憶を呼び起こそうと必死に頭を押さえながら考えるが、これ以上のことは思い出せそうにない。

 夢なんて覚めたら忘れてしまうことの方が多い。きっとこんなものだろうとナイはレインズにあとは分からないと告げた。


「そうなんですね。この勇者召喚は古より我が国に伝わる儀式なんです。この世に災厄は訪れたとき、王家の人間が異界の勇者を呼ぶものだと私は教えられてきました。きっとナイ様が時空(とき)の大精霊様に選ばれたのだと思います」

「選ばれた……って、なんで僕なの? 僕、成績も運動神経も悪いし……ただの、グズで使えない子、なのに」

「そんなことありません。ナイ様が召喚されたことにはきっと意味があります。そのようにご自身を卑下なさらないでください。貴方はこの世界を救う唯一の存在なのですから」


 イライラすると、ナイは素直にそう思った。

 レインズは王子というだけあって、周りから愛されて育ってきたのだろう。何の不自由もなく、着るもの食べるものに困ることない。十分な教養も与えられて、理不尽に暴力を振るわれることもないんだろう。

 自分とは真逆の存在。彼の言葉は真っ直ぐで、綺麗すぎて、それ故にナイの心を抉ってくる。

 本人にそんなつもりがなくとも、自分の綺麗すぎる言葉がどれほど目の前の少年の心を傷つけているかなんて、彼には理解できないだろう。

 その事実が、とても腹立たしい。

 ナイはその感情を抑えきれず、乾いた笑いを零した。


「ハハ……いいですね、貴方は……」

「え?」

「そういうこと、簡単に言えるような立場で羨ましい。僕にはなにもない。そう言われ続けて生きてきたんです。今更、僕自身の生きる価値も意味も何もない……だから僕は、ナイなんです」

「……ナイ、様」

「王子様はいいですよね。ただ守られるだけでいいんだから……そうやって誰かに守られて、安全な場所からそうやってあれしてこれしてって人に命令すればいいんだから。世界を救うとか、貴方たちとは何の関わりもない赤の他人の僕にそんなことをやらなきゃいけない理由なんかないですよね。でもあんたは王子ってだけで僕にそれを強要するんでしょ。見ず知らずの他人に私のこと守ってくださいねって。ふざけんなよ、勝手な話じゃんか。上の立場にいる人はいいよね。下にいる人間の気持ちなんか理解できないんでしょ。僕が逆らえない立場にいるから簡単に命令できるんだ。なに、世界を救うとか。馬鹿じゃないの」

「っ、貴様! 王子を愚弄する気か!」

「アイン、よせ」


 ナイの言葉に従者、アインが掴みかかろうとしたのをレインズが制止する。

 口から言葉がどんどん吐き捨てられていく。止まらない。

 普段は自分の感情や思ったことは我慢して飲み込んできたのに、何故か今は止められない。

 きっと自分とはあまりにも違いすぎるレインズの存在がたまらなく苛ついてしまうせいだろう。

 何もかもから嫌われた自分と、何もかもから愛された王子様。劣等感を抱くのも無理のない話だ。


「……ごめんなさい。やっぱり僕、勇者なんて無理です。そんな立派な立場に立てる人間じゃないもん」

「……ナイ様」


 ナイは膝を抱え、縮こまったまま動かなくなった。

 その様子にアインは怒りを抑えるように大きく息を吐いて目を閉じた。

 言い過ぎたとは思っている。でもナイは初めて我慢せずに自分の思ったことを言えたことにほんの少しだけ胸がスッとしていた。

 こんなにも喋ったのは初めてだった。学校でも基本的に誰かと話すこともない。家では必要最低限の会話しかしたことがない。こんなにも自分が喋れるんだということに驚いたくらいだ。


 それから目的地に着くまで、誰も何も言葉を発したりはしなかった。





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