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第29話 ネガティブ勇者、星を眺める



 その日の夜。

 ナイは以前アインに連れてきてもらった小さな中庭で地面に寝転んでボーっと星を見ていた。

 アインの庭に勝手に入っていいか少し迷いはしたが、どうしても空が見たかった。


 闇の中に輝く星。バルコニーからは見えなかったが、この場所からは月も見える。白銀に輝く月は元の世界のものとは少し異なり、歪な岩のような形をしていた。


 空を見ていると、無心になれた。

 ただボーっと、キラキラと輝く星々を眺めているだけで時間が過ぎていく。

 手を伸ばせば、両手いっぱいに掬い取れそうなほど光る星。


 ナイが右手を天に向けて伸ばすと、後ろから物音が聞こえた。


「何してる」

「アイン……」

「また寝れないのか」

「……ううん。ちょっと、空を見てただけ……勝手に入ったら、駄目、だった?」


 ナイが体を起こそうとすると、アインが肩を軽く押さえた。

 怒ってはいないようで、ナイは安心してそのまま空に視線を戻す。


 アインもナイの隣に腰を下ろし、一緒に空を仰いだ。


「空なんか見て何が楽しいんだ?」

「……僕のいた世界は、こんな綺麗な星空はなかった、から……」

「ふうん」


 二人は黙ったまま、星を眺めた。

 ふと、アインは横目でナイのことを見た。

 ナイの漆黒の瞳に、星の光が映って小さく輝いている。その目に星の光を注ぎ込んだようで、美しいとアインは思った。

 普段のナイは目に生気を感じられない。光のない目でずっと下を見てる。

 そんな彼が今は上を見てる。数日前までは考えられなかった光景だ。アインはナイの成長を感じ取れた気がして、小さく笑みを浮かべた。


「アイン……」

「なんだ」

「失礼なこと、だったら申し訳ないんだけど……その、聞きたいことがあって……」

「何だよ。いいから言え」


 言いにくそうに口ごもるナイに、アインは少しだけ苛立ちながら言葉の続きを言うように促した。


「……アインは、初めて会ったときから、レイのこと、尊敬してた?」

「は?」

「レイは、眩しすぎて……僕はいまでも直視できない……自分とは違う生き方をしてきた彼を、好きになれない……それでも、僕はこの世界で、変わりたい……」


 ぽつり。ぽつりと呟くように、ナイは自分の気持ちを伝えた。

 アインは少し考えて、自分も地面に横になった。


「…………嫌いだったよ。レインズ様がっていうより、王族が」

「……じゃあ、なんで」

「俺は元々貧民街で生まれたんだ。そこで、まぁ色々あった。散々親に好き勝手にされて、最終的には捨てられたんだ」


 アインは当時のことを思い出しながら話す。

 生きていくのに必死で、親の暴力に耐え、食べていくために盗みもした。全てを話せば口が腐るような、人を殺す以外の汚いことをして生きてきた。

 アインから語られる過去に、ナイはギュッと両手を握り締めた。


「10歳になったとき、父親と母親が死んだ。一人残された俺は、もう生きる気力もなかったんだが……お忍びで来ていたレインズ様が俺を見つけて、拾われたんだ」

「レイが……」

「ああ。本来なら王族が貧民街になんか来ないんだが、レインズ様は幼い頃より貧困の差を憂いておいでだった。だが、その差を埋めるのは口にするほど簡単なことじゃない。誰もが皆平等になるなんて、無理だ。だから俺も、最初はそんな綺麗事を口にする王子様に反発した」

「……よく、受け入れることが出来たね」

「そうだな……共に過ごしていくうちに、俺はあの人の人柄に惹かれていったんだ。どんな困難にも全力で向き合っていく強いお心に……」


 アインは頬を高揚させながら、レインズへの想いを語る。この声に込められた熱量を聞いているだけで、彼の気持ちが伝わってくる。


「俺の中で優先するものが変わったんだ。常にレインズ様のことを考えることで、昔のことを思い出す時間がドンドン減っていった。それだけの話だ」

「優先するもの……」

「お前も何か夢中になるものがあれば、きっと余計なことを考える暇もなくなるさ。人の頭は無限に何でも記憶できるわけじゃないんだ。新しいことを覚えれば、どうでもいい記憶なんて消してくれるはずだ」

「なにか……あるかな」

「あるんじゃないか。魔法のことをレインズ様と話してるときのお前は、楽しそうに見えたぞ」


 確かにそうかもしれない。ナイは新しい魔法をもっと覚えたいと思ってる。今まで出来なかったことが出来るという楽しさは、ナイの心の闇を照らす光になっている。

 そういうものが増えていけば、過去に悩まされることもないのだろうか。


「……変われる、かな」


 新しい思い出で、過去のことを頭から押し出してしまえばいい。

 出来るだろうか。ナイはまだ不安を拭いきれていない。アインにそれが出来たからといって、それがナイにも出来るとは限らない。元々の性格だってある。

 それでも、出来ないと言って投げ出すこともしたくない。


「ありがとう、アイン……」

「……別に、礼を言われることはしてない」


 ナイは体を起こし、部屋に戻ると告げて庭を後にした。


 アインはその背中を見送り、もう一度空を見る。

 主人であるレインズがいま一番気にしているのがナイのことだ。だからナイがいつまでも落ち込んでいられると困る。

 レインズが笑顔でいられること。それがアインにとって最優先事項だ。その為に自分の過去の話が必要ならいくらでも話す。それに、どこか過去の自分に似ている彼を放っておくことも出来ない。目を離した隙に倒れていそうで危なっかしい。


 ただ、話してて気付いた。ナイの心の闇はアインが思うよりずっと深いものだと。

 あの闇が主人に向かなければいいのだがと、アインは少しだけ不安になった。




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