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第21話 ネガティブ勇者、名前を呼ぶ


「そういえば……お前、部屋はどうするんだ」

「え?」

「あの部屋で寝れないんだろ」

「あ、あぁ……」


 夕食を済ませ、ナイを部屋まで送ってくれたアインが去り際に聞いた。

 クローゼットで寝るとはさすがに言い難い。

 どう伝えようかと言葉を選んでいると、アインが呆れたようにため息を吐いた。


「別の部屋、用意してもらえ」

「別……?」

「俺もそうしてもらった。お前もちゃんと言葉にしろ」


 一人、部屋に残ったナイはまたクローゼットへと入る。


 隅っこに体育座りして、小さく息を吐く。

 自分から何かを望むのは、難しい。ナイは体を丸めて考え込んだ。


 あんな夢を見たせいだろうか。元の世界でのことを思い出してしまう。

 アインが言ったように、悪いことを全て夢だったと思えれば少しは気が楽になるかもしれない。ただそんな簡単に気持ちを切り替えることは出来ない。

 ひたすら自分に言い聞かせるしかない。思い込ませるしかない。

 違う世界に来たんだ。もうあの世界に戻る必要もない。新しい自分になればいい。

 そう思うだけなら楽だ。だけど、心に付いた傷があの痛みを忘れさせてくれない。


 ナイはゴロンと横になって、自分の掌を見た。

 あの時、自分に魔法があったら。「たられば」を考えたらキリがない。でもそう思えるのは、あの場所から逃げることが出来た今だから考えられることでもある。

 そう思うと、今の自分は多少なりとも余裕が出来たということなのだろうか。ナイは意味もなく手をギュッと握ったり開いたりを繰り返した。


「……言葉に、する」


 アインが言ったことを復唱する。

 今まで出来なかったことが、ここでは出来る。

 だけどナイは今まで欲を持たずに生きてきた。他者に対して自分の気持ちや望みを言うことは勇気がいるし、どの範囲まで言っていいのかも分からない。あれもこれもと言える度胸もない。

 何より、自分を変えるための勇気もない。


 ナイは体を起こし、クローゼットを出てバルコニーに向かった。

 もう日が落ちていて、空には満天の星空が見える。

 元の世界では見ることがなかった、綺麗な夜空。この世界の星は様々な色で輝いていて、まるで宝石箱だ。


「……綺麗」


 ナイの黒い瞳に星が映る。

 闇夜に輝く無数の光。これを見て感動しない人なんかいないだろう。ナイはバルコニーに置いてあった椅子に座り、手すりに寄りかかってずっと空を見上げていた。



―――

――



 どれくらい外にいただろうか。

 ずっと見てても飽きない星空に、ナイは心を奪われていた。


「ナイ様、風邪を引いてしまいますよ」


 まるで朝のワンシーンを再生したかのように、いつの間にかレインズがナイの隣にいた。

 それだけナイが夜空に夢中になっていたという証だ。


「何を見ていたんですか?」

「……空」

「ああ、星ですか。そういえば、こんな風に星空を眺めるなんて久しぶりかもしれません」

「忙しい、んですか」

「まぁ、そうですね。この国の王子は私だけですから。いずれ王になるための準備を生まれた時からしています」

「……王子様も、大変なんですね」

「大変だと思ったことはありませんよ。国のため、民のため。そして自分のためでもあります。私はこの国も民も大好きですから」


 ナイは手すりに寄りかかったまま、隣にいるレインズを横目で見る。

 朝に感じた彼の少し悲しげな表情。あれは何だったんだろう。考えたところで分かるわけもないが、ナイはそれをレインズに聞くという選択肢がそもそも頭の中にない。


「……王子様」

「なんですか?」

「……最初に会ったときの、馬車で、色々、ごめんなさい」

「え?」

「何もしてない、とか……知らないで、勝手なこと言ったから……」

「気にしないでください。私も色々と気付かされたこともあります」


 優しい笑みに、ナイはそれ以上何も言えなかった。

 やっぱり彼の隣は落ち着く。尖った感情もなだらかにしてくれる。

 これはレインズの魔法属性が光だからでもある。滲み出る彼の魔力。それがレインズの纏う雰囲気、オーラの正体だ。

 心が柔らかくなってしまうからこそ、気持ちが素直に浮き出てしまう。余計な感情も明るみに出てきてしまう。

 心地良さと劣等感の狭間に立たされてしまうせいで、レインズに対して複雑な感情に悩まされてしまう。それが苦手なのだ。


「……そうだ。ではナイ様、別に詫びてほしいという気持ちはないのですが、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」

「え……うん。僕に、出来ることであれば」

「では。名前で、呼んでいただけませんか?」

「名前?」


 ナイは予想していなかった内容に、首を傾げた。


「私はナイ様ともっと仲良くなりたい。勇者と王子ではなく、一人の人間として」

「……じゃあ、レインズ、さま」

「レイで良いですよ。昔、母がそう呼んでくださっていました。貴方の名と、似てますね」

「…………レイ」

「はい。ナイ様」


 レイとナイ。そう呼び合うことに、ナイは何故か少しだけ涙が出そうになった。

 じわりと熱くなる瞼の奥。何がナイの涙腺を刺激したのかは分からない。

 今確かなことは、二人の距離がほんの少しだけ縮んだということだ。




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