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第2話 ネガティブ勇者、泣く






 耳が痛くなるような静寂の中、彼は一つ深呼吸をする。



「我が呼び掛けに応えよ」


 部屋の真ん中で、一人の青年がガラスで出来た美しい鈴の音を奏でる。

 その音に反応するように、彼の足元に描かれた魔法陣が淡い光を放ち始めた。


「災い訪れし時、この世界に希望を与えんがために」


 まるで歌うように、自身が奏でる鈴の音にも似た声で彼は言葉を続ける。


「闇を払う者。魔を断つ者。古からの誓いに応じよ。我が名はレインズ・ロンラッド・ダナンエディア。この血と契り、この地を救い、安寧をもたらす者よ。我が盟約に応えよ!」


 彼は大きく鈴を鳴らし、声を張り上げる。

 ドン、と大きな音を立てて魔法陣から目が眩むほど強い光を放つ丸い球体のようなものが現れた。


「レ、レインズ王子……! これは……!?」

「成功、だろうか?」


 彼の後ろで目を細める従者の男が恐る恐る聞く。

 王子と呼ばれた彼、レインズはゆっくりと光の球体に近付く。その光は段々と形を変え、一人の少年の姿へとなっていった。


「よし、成功だ!」


 リインズは光を失った魔法陣の上に立つ少年の元に駆け寄り、彼の手を握り締めた。



「……う、ん?」


 少年はゆっくりと目を開け、まだ頭が覚醒しきってない状態で辺りを見渡す。

 ここは、どこだろう。自分はさっきまで家の押し入れの中にいたはずなのに。そう思いながら、自身の手を握り締めている存在に気付く。

 後ろで一つに結わいた綺麗な金色の長い髪。ガラス玉のような緑色の瞳。彼のいた世界には存在しない、ほんの少し先の尖った耳。

 思わず見惚れてしまう容姿に一瞬呆けてしまったが、明らかに自分のいる場所がおかしいことに気付く。


「……な、なに、ここ」

「召喚に応じてくださってありがとうございます。私の名はレインズ・ロンラッド・ダナンエディア。ダナンエディア国の第一王子にてございます」

「……」

「今、この国……いいえ、この世界エリレオでは魔王が現れ、各地に魔物が蔓延っています。この世界を救うには勇者様のお力をお借りしなければなりません。どうかこの世界を救うために、戦ってはいただけませんか?」

「……」

「勇者様?」

「……何言ってんの?」

「え?」

「な、え……なに、待って。本当にここどこ? 夢? まだ夢みてるの? 話についていけないんだけど」


 動揺する少年に、レインズは後ろに立つ従者に視線を向けた。

 彼たちにとってもこの状況は予想外だったようで、どう言葉をかけていいか困っている様子だ。


「……あの、本当にこの少年が勇者なんでしょうか?」


 従者がレインズのそばに寄り、耳元で問いかける。

 レインズ自身もどうすればいいのか分からず、首を傾げることしかできずにいた。


 そんな二人のことなど気にする余裕もない少年は、塔の窓から見える景色に声もなく驚いていた。

 広がる大草原。遠くの空には浮かぶ大きな岩や島。見たことのない鳥や草花。

 反対側の窓から見えるのは全く知らない、見たこともない街並み。少し遠くには大きな城があり、まるでアニメ映画の中のような世界が目の前に広がっている。


「……やっぱり夢、かな」


 思わず頬をつねってみた。

 痛い。間違いなく痛みはある。ということは、これは現実なのだろうか。

 だが、これを現実だと受け入れるには少し時間がかかりそうだ。


「……あれ」


 そういえば、と少年は自身の格好を確認した。

 ゲームの主人公のようなしっかりとした服装になっている。寝る前はボロボロのシャツと学校のジャージを着ていたはずなのに。

 それに、体中の怪我も消えている。昨日の夜、母親が腕に押し付けた煙草の跡もない。義父に蹴られたお腹の痛みもなくなってる。毎晩知らない男たちに犯され続け、ずっと消えなかった下腹部の痛みすらない。


「……体が、軽い……」


 これが現実なら、どれほど嬉しいことか。

 少年の目からポロポロと涙が零れ落ち、ダムが決壊したかのように泣き叫びだした。


「うわあああああああん!!」

「ゆ、勇者様!? 大丈夫ですか、何かありましたか?」


 レインズは慌てて泣き崩れる少年の肩を支え、動揺しながらも背中をトントンと叩いてなだめた。


「王子。この者、本当に大丈夫なんですか?」

「と、とりあえず賢者様のところへお連れしよう。そうすればこの方が本当の勇者様なのか分かるはずだ」

「そう、ですね。とりあえず泣き止むまでは待つしかないみたいですが……」


 従者は呆れたような表情を浮かべながら、先に下へ降りていると言い残してこの場を離れた。

 残されたレインズは少年が泣き止むよう、優しく頭を撫で続けた。

 その優しい手の感触が、余計に少年の涙を誘う。

 今までに感じたことのない暖かさに、ただただ赤ん坊のように泣くばかりだ。




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