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第17話 ネガティブ勇者、がんばる


「ナイは目を慣らす必要があるわね」

「目?」

「そう。敵からの攻撃を怖がらないようにしなきゃいけない」

「……はぁ」

「今のナイは少し危険よ。怖いと思うものを全て排除してしまうかもしれない。敵と味方の区別がつかなくなったら、取り返しがつかないわ」


 テオはナイの体から出てきた黒い影を思い出す。

 自分の体を守るために発動した自動防御(オートガード)。それはナイが恐怖を感じる対象を排除するもの。魔物がいる場所に放り込めば勝手に敵を倒してくれるだろうが、いまのナイは誰も信用していない。

 元の世界で根付いたトラウマから人間不信になっている。そんな彼が全てを敵と思い込んでしまったらどうなるか。テオは想像して身震いした。


 下手したら、ナイがこの世界を滅ぼす可能性だってある。

 そうなったら彼はもう本当に心が壊れてしまうだろう。それだけは何としても避けたい。テオは杖を構えて一つ息を吐いた。


「ナイ。貴方の防御はとても優れてる。どんな攻撃も貴方を傷付けない。自信を持っていいわ」

「自信……」

「ええ。さっきもアインの攻撃を防げたでしょう? あれをコントロールできるようになりましょう」

「でも、どうやって……」

「大丈夫。その目が慣れるまで攻撃し続ければいいだけ」


 テオが杖の先を地面に突き刺すと、彼女を中心に魔法陣が展開した。

 青い光に包まれたテオの周囲に水の塊がいくつも現れ、剣の形を成していく。


「私が貴方に向かって攻撃する。ナイはその攻撃を弾けるようになりなさい」

「は、弾く!?」

「その剣で斬ればいいのよ。こんな風にね」


 そう言ってテオは水の剣をレインズに向かって放った。

 ナイは驚いて小さく悲鳴を上げるが、レインズは冷静に魔法を展開してその手に光の剣を出現させた。


「はっ!」


 掛け声と共に剣を振り上げ、襲い来る攻撃を全て払い除ける。

 斬られた水の剣は雨のような雫に変わり、地面を濡らしていく。


「テオ様。せめて一声掛けてくださいよ」

「アハハ! そんな必要ないでしょうよ!」


 お見事と言いたくなるような剣さばきにナイはポカンと口を開けっぱなしになった。

 王子は幼い頃より魔法や剣術の訓練もしている。魔王に関しては勇者任せにならざるを得ないが、中級程度の魔物であれば余裕をもって勝てる実力を持っている。

 ナイが思っているほど、何も出来ない人任せな王子ではないのだ。


「あんな感じに自分への攻撃を捌けるようになればいいわ。何も最初から一気に何本の剣を放ったりしないから安心して」

「は、はい……」

「レインズ。アンタはナイに剣の持ち方や姿勢を教えてあげて」

「分かりました」



 それから数時間。テオとレインズに剣の指導をしてもらった。

 最初のうちはゆっくりと、剣先から目を背けない練習を始める。

 ゆっくり丁寧に教わり、ナイも剣を持つことや攻撃を見るということにも少しだけ慣れてきた。

 それでもやっぱり怖いという意識は簡単に消えない。

 自動防御(オートガード)があるとはいえ、体が殴られた時の恐怖を覚えてる。痛むはずのない癒えた傷が、内側から痛みを訴えてくる。


「っ、はぁ、はぁ……」


 ナイは地面に座り込み、肩で息をする。

 魔法で体は強化されていても、ナイ自身は運動不足で体力がない。怪我は回復できても疲労までは消えない。普段動かさない筋肉が悲鳴をあげている。完全なる筋肉痛だ。


 初日から飛ばしても仕方ないと、テオは今日の訓練はここで止めることにした。


「お疲れ様、ナイ」

「あ、ありがとう、ございました……」

「無理ばかりを押し付けてゴメンね。つらいよね」

「え……」

「また明日も来なさい。魔法の使い方も教えてあげるから」


 テオがパチンと指を鳴らすと、ナイの頭にふわりとタオルが落ちてきた。

 魔法はこんなことも出来るんだと心の中で思いながら、ナイは柔らかなタオルで汗を拭った。


「よぉーし、冷たいお茶を用意してあげるわ。少し休んでから城に帰りなさいな」

「お手伝いします」


 アインはテオの後をついて家の中へと戻っていった。


 二人きりになり、ナイはチラッとレインズを見る。

 彼のように自信を持って振る舞うことが出来れば、勇者らしくなるのだろうか。

 むしろなんで彼のようなタイプが勇者として召喚されなかったのだろうか。

 自分がこの世界に召喚された理由は分からない。

 だがこの世界で勇者として生きていくには、レインズくらい戦うスキルを身につけなければならない。

 今のナイはようやく剣を振るうことが出来たくらい。スタートラインからまだ半歩進んだ程度だろうか。


「……怖くないんですか」

「え?」


 ナイから声を掛けられると思わなかったのか、レインズは少しだけ驚いた。


「怖い、というのは?」

「剣を持つこととか……戦うこととか……」

「うーん……幼い頃からこの世界には魔物がいましたし、剣術も習わされてきました。最初は剣の重さに耐えられなかったけど、もう慣れましたね」

「……魔物と、戦ったことが?」

「ええ。何度かありますよ。騎士隊と共に遠征に行ったりしました。もちろん初めは怖かったですよ。魔物を見た時は本気で死ぬかと思いました」


 レインズは当時を思い出して空を眺める。

 やっと呼吸が落ち着いてきたナイも、彼と同じように空を仰いだ。


「でも怖いよりも負けられない気持ちの方が強かったので、魔物を前にしても臆することがないように鍛えたつもりです」

「……負けられない、って?」

「私はこの国の王子です。いずれは王位を継がねばならない。この国の未来を守っていかなきゃいけない。だから、負けられないんです」


 そう語るレインズの瞳は、決して揺らぐことのない意志を宿していた。

 この人の眩しさは、そういう意志の強さから来るのだろう。ナイの心はレインズの輝きを前にして、より一層影を強くした。




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