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第100話(完) 異世界の少年、新しい日々



―――

――



「……う、ん」


 いつものように朝早く目を覚まし、ナイは軽く伸びをしてそっと布団を出た。

 隣に眠る彼を起こさないように。


 まだスヤスヤと寝息を立てる彼に、ナイは笑みを零す。

 窓から外を見ると、遠くの方で朝日が顔を出しているのが見える。


 ナイは身支度を済まし、いつものように軽い精神統一をして、まだあまり使いこまれていないキッチンに立った。

 冷蔵庫を開けて、中を確認する。この世界の食材も少しずつ覚えてきた。

 色々な調味料を試して、慣れ親しんだ味を探すのも面白い。


「よし」


 ナイは卵と魚の切り身を取り出して、朝食の支度を始めた。


 ナイとアインが城を出て、街で暮らすようになってから一週間。

 最初は二人で暮らすことに慣れず、恥ずかしさもあってほんの少し緊張することもあった。

 だが、毎日のようにレインズやテオ、街の人たちが二人の様子を見に来てくれるおかげでそんな緊張感も薄れていった。

 一緒のベッドに寝るのも、まだ少し恥ずかしさがあるけどアインの温かさを感じながら眠るのは嫌いではない。むしろ好きだ。

 ナイは作り慣れた日本食を再現しながら、まだ眠る彼をチラッと見た。


 アインはいまでも城勤めだ。レインズの側近として、毎日忙しくしている。

 特に最近は今まで以上に忙しい。魔物の脅威がなくなり、国同士の交流も増えた。魔物が大人しくなったことで人同士の争いも目に見えてくるようになってきた。

 そういったものの対処に追われる毎日だ。そういう時の抑止力として、ナイは一応肩書だけは勇者のままになっている。

 もう勇者も魔王も関係ない世界ではあるが、そのせいで争いが増えるのは嫌だと、ナイはその肩書きを受け入れた。

 レインズは少し嫌そうな顔をしていたが、当人が納得しているので文句は言えないようだ。


 あくまで建前。もうその役目はない。魔王もいない。だからナイも受け入れることが出来た。その言葉に重荷はない。

 いまのナイは、王室魔法研究所の役員。そこで日々新しい魔法を研究している。

 元の世界の知識と魔法を組み合わせて、様々な魔法を生み出している。


「……相変わらず早いな、お前は」

「アイン。おはよう」

「……おはよ、ナイ」


 まだ眠たそうな目を擦りながら、アインはナイの頭にポンと手を置いた。

 この世界に来てからずっと食事はアインが用意してくれていた。だから今度はナイが用意したいと言い出した。

 初めは慣れない食材に苦戦し、失敗することもあった。自分の失敗に落ち込むこともあった。それでも、そんな失敗を笑い飛ばしてくれる人がそばに居てくれるから、もう一度立ち上がれる勇気をもらえる。


「ああ、そうだ。レインズ様が呼んでいたぞ」

「うん? あ、そっか。もうすぐだもんね」


 ナイはパッと表情を明るくした。


 もうすぐ。

 アインやレインズが忙しくしているもう一つの理由。




「ナイ、いらっしゃい」

「こんにちは、レイ」


 執務室で書類に囲まれているレインズに、ナイは声をかけた。

 一緒に過ごしていた時は勇者の特訓や旅に付き合わせていたので、こういった雑務をしている姿を見ることはなかったが、これが本来の王子の仕事なのだ。

 それが当たり前のようにできるのは、世界が平和になった証拠なのだろう。


「もうすぐだね、王位継承式」

「ああ。ナイ、君も参列してもらうことになるけどいいかな」

「もちろん。特等席で見させてもらうよ。新しい王様の門出を」

「ありがとう」


 魔王に勝ち、この世界の呪いを解くことが出来た。

 これからは新しい時代が訪れる。そう国王は判断し、レインズに王位を譲ることを決めた。


「歴史は正された。テオ様も今回のことをしっかりと記録して後世に語り継いでくださる。こんなことでこの国の罪が償えるとは思わないが、もうあのような悲劇が繰り返されることのないように、私は良き王になりたい」

「レイなら、なれるよ。だって、僕にとっての勇者はレイなんだもん」

「ナイ……」

「暗闇から救い出してくれた、キラキラの勇者様。僕をこの世界に呼んでくれたのが、君で良かった」

「私の方こそ、貴方に出逢えて良かった」


 互いに笑顔を浮かべた。勇者でも王子でもない。ただの友人として、一緒にいられる。

 それだけで幸せなこと。大切な人と過ごせる日々。かけがえのないもの。

 光り輝く王子様に、もう劣等感なんてない。


「今なら言えるよ、レイ。君のことが好きだって。君は僕にとって一番の友達だ」

「ナイ……ありがとう。我が友よ」


 レインズはナイの元に歩み寄り、小さな肩を抱きしめた。

 やっと言えた。レインズが想いを告げてくれたときは好意を受け止められずに言えなかった。

 でも、今はもう違う。人の想いを、素直に受け入れられる。

 愛すること。愛されることを、知ったから。


「レインズ様、失礼致しま……す……?」


 書類を持ってきたアインが部屋に入ってきて、抱き合う二人を見て硬直した。


「……ふ、ふふふふたりで何をしてるんだ?」

「え? あ、違う! そういんじゃないよ!」

「ハハハ! アインもそんな顔をするんだな」

「ちょ、レイ!」


 楽しそうに笑うレインズに、ナイもつられて笑った。アインも少し困ったように笑みを零す。


 笑顔で溢れる毎日。

 異世界で勇者としてやってきた少年は、幸せを手に入れた。


 自分らしく生きれる、そんな当たり前の日々を。




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