第9話 新たな難題と新たな誤解
「これは・・・・あまりに・・・ひどすぎる・・・。」
次の月曜日の放課後の教室。
北条さんが留年した理由が、実は生活態度ではなく学力が壊滅的だったことを知った僕は、有効な対策を考えるべく、まずは真の実力を知るために北条さんに中間テストの答案を見せてもらっていた。
「何がわからないかというよりも、何がわかっているのかすらわからない・・・。」
「哲学的な言辞だね。でもほらっ、現代文とかはまあまあできてるでしょ。」
「それにしたって25点ですよ・・・完全に赤点です。しかも数学は3点と2点、それぞれ1問しか正解してない・・・。物理は10点、化学は8点・・・。」
「恥ずかしいでしょ。教室でいちいち点数を読み上げないでよ・・・。」
北条さんは周囲を見回しながら赤面している。
僕はため息をつくしかなかった。
「この高校って関西でトップレベルの難関校のはずなんですよ。僕もかなりハードに受験勉強しましたし。ストレートに聞いて申し訳ないですが、いったいどうやって入試を突破したんですか?」
そう聞くと北条さんは椅子に座ったまま、なぜかドヤ顔でふんぞり返った。
「フフンッ!よく聞いてくれた。実はわたしは中学3年生の1月まで海外で暮らしていたのよ。」
「ああ、帰国子女だったんですね。なんかいろいろ納得です。じゃあ帰国子女枠入試ですか?それでも簡単じゃないはずですが・・・。」
「違うよ。わたしはもっとクレバーな方法で入学を果たしたのよ。まったく試験を受けることなくね。」
「えっ?試験受けなくても入学できるんですか?いったいどうやって?」
「実は、海外で通っていた中学がこの学校の姉妹校だったのよ。そこに附属中への編入枠があってね。しかも、引っ越しとか手続とかあったので、中3の3学期、期末試験が終わった後に附属中に編入したから、そのまま学力を知られることなくこの高校にエスカレーターで入学できたというわけさ。」
「・・・つまり、制度の抜け穴を使ってこっそり潜り込んだというわけですね。」
「こらっ!密入国者みたいに言わないでよ!一応、海外の中学では成績優秀だったんだから!」
「しかし、帰国子女なのに英語のリーディングが12点、リスニングが8点なのはどうしてまた・・・。」
北条さんは僕の目の前にひとさし指を突き付けた。
その指が顔に近すぎて目に入りそうで怖い。
「帰国子女だから英語ができるというのは偏見だよ。わたしが住んでいた国は東欧でロシア語圏だから、英語なんかほとんど目に触れることもなかったし。」
「えっ!ロシア語圏?じゃあ、もしかして、たまにボソッとロシア語でデレたりしてるんですか?」
もしそうだとしたらロマンがある!
「ボソッとデレ?なにそれ?」
「すみません、忘れてください・・・。でも困りました。どこから手を付けていいのか・・・。」
「おいおい!君が言い出したんだからね。ちゃんと対策を考えてくれないとこっちが困るよ。無責任だな~。」
北条さんは頭の後ろで手を組んで、また椅子の上でふんぞり返った。
「いや、そもそも北条さんが自己責任を負うべきところですよね。僕が対策を考えてるのがおかしいんです。」
「あれ~?いいのかな?わたしがいなくなっても。こないだ泣きそうになってたのは誰だったかな~?『よかった・・・本当によかった・・・』とか言ってさ・・・。」
「似てないモノマネやめてください!もうそんなこと言うなら、知りませんよ!!!」
「ごめん、ごめんって~。助けてくれて感謝してます!機嫌なおしてね☆」
手を合わせて言葉では謝りながらも、舌を出しながら半笑いなのがむかつく・・・。
「じゃあ、僕の中学の頃の教科書とか参考書を持ってきますから、それを使って放課後に一緒に勉強しましょう。」
「え~、大変そうだな~。」
「結局は地道にコツコツと積み上げていくしかないですよ。頑張りましょう!」
「地道にこつこつなんてヤダヤダ~。しかも次のテストまで1か月しかないんだよ、間に合うかな~。もっと簡単で、それでいて時間がかからない対策がいい~。いい~。」
足をバタバタさせながらそう言った後、北条さんは机の上にグデ~と倒れ込んだ。
なんとわがままな。しかも以前よりも甘えと幼児化が進んでる。北条さんを支えるってお母さんに約束したこと、ちょっと後悔してきたぞ・・・。
「あの~、二人で仲良く話しているところ邪魔してごめんね。ちょっといいかな~。」
ちょうどその時、クラスメートの野口由香さんがにこやかに微笑みながら話しかけてきた。
実は高校に入学してから女子にちゃんと話しかけられるのは初めてだ(北条さんはもちろんノーカン)。
今週に入ってから他にもクラスメートに好意的に話しかけられることが増えてじんわりうれしい。
ようやく悪い噂も収まってきたのかな。
「ああ、うんいいよ。どうしたの?」
「東原先生から、すぐに生徒指導室に来るように伝えてって言われて・・・。」
「ああ、はい。ほら北条さん、起きてください。東原先生が呼んでるらしいですよ・・・。」
僕が北条さんの肩を揺すりながら起こそうとすると、野口さんに止められた。
「違うの、東原先生は二宮くんを呼んでって・・・。」
「ええっ?ぼく?」
なんだろ、先生に生徒指導室に呼び出されるなんて身に覚えは・・・ないわけではないな・・・。
そう思いながら廊下に出て生徒指導室に向かおうとすると、なぜか野口さんが付いてきた。
「どうしたの?野口さんも東原先生に用があるの?」
「いや、そうじゃなくて・・・。どうなったかなって。あの北条さんへの告白の結果・・・。」
「北条さんへの告白?」
「ほら・・・先週の金曜日に北条さんに廊下で言ってたじゃん。『一緒に卒業したいです』『僕が支えます!』って・・・。」
「あ~!そうそう、わたしも気になってた。あんな公衆の面前で、しかも親がいる前で『僕が支えます。何でも手助けをします』宣言?あれ、告白というより、もはやプロポーズでしょ?でっ、どうなったの?あの後も北条さんと教室で仲良くやってるみたいだし、うまくいったんでしょ?もう付き合ってるの?」
興味津々で突然乱入してきたのはクラスの陽キャラ女子代表の深川夏帆さん。
やはり今日初めて話しかけられた。先週までクラスのみんなから距離を置かれて冷めた目で見られていたのだが、あまりの寒暖差に体調を崩しそうだ・・・。
「いや、あれはそういう意味じゃなくて・・・。」
北条さんが退学することにならないように手助けするっていう意味で、と言いかけてハタと気づいた。
北条さん、もしかして退学するかもしれないって僕にしか言ってないのでは?
いや、『君だけには』って言ってたから間違いない。みんな背景事情を知らないんだ!
あの時の流れはたしか・・・。
僕が廊下でいきなり北条親子に対して、「待ってください」と大声で呼び止める。
↓
突然の自己紹介の後、北条さんと一緒に卒業したいと言って、北条親子に深く頭を下げる。
↓
北条さんを信じます、躓きそうになったら僕が支えになります宣言
↓
北条さんのお母さんが本気なのかと質問。
↓
「はい!もちろんです。」と即答。
↓
肩をすくめ、「考えておくわ」と言って去っていく北条さんたち。
・・・なるほど。たしかにこれは告白にしか見えない。退学騒動の経緯を知らなければ・・・。
うわ~っ!しくった、しくじった~!!
なんであのときみんなが拍手してくれたり、肩を叩いたり、励ましてくれたりしたのか、やっと意味が分かった。
「えっ?二宮くんに告白の結果聞いてるの?わたしも聞きたい!気持ちは届いたの?」
なぜか渡辺さんも来た~。
これはきちんと事情を説明して誤解だってわかってもらうしかない・・・。
あれ?でも、待てよ。事情を説明するってことは、北条さんが退学しそうになっていたことも説明しなきゃいけない・・・。それはさすがに北条さんのプライバシーだし僕が勝手に言えないだろ・・・。
詰んだ・・・。どうする?
「今はまだ説明できません。時が来たら必ず説明します。」
「「「え~~~!!!」」」
僕はそそくさと生徒指導室の方へ逃げた。疑惑を受けた政治家ってこんな気持ちなのかな。
自分はまったくの潔白なのに!!!