第7話 突然の別れ
5月下旬。今日は午後から保護者会があるため、授業は午前で打ち切り。僕らは教室で待機だ。
東原先生がうちの親に、『慎太郎君はクラスで孤立しています。ぼっちで困っています。』とか余計なこと言わないか不安だな・・・。
そう思いながら席でぼんやりとしていると、隣の席の北条さんから声を掛けられた。
「二宮くん、ちょっといいかな?少し外で話したいんだけど。ほら、今日はお弁当も持ってきてないし。」
「どうしたんですか?あらたまって。」
僕の質問に答えないまま歩き出した北条さんに黙って付いていくと、着いた場所は、いつぞや北条さんが挟まっていた校舎と体育倉庫の隙間の前だった。
北条さんは、隙間の中を少し覗き込んだ後、僕の方を振り返った。その鷹を思わせる目はいつになく真剣で少し怖い。
「思えば最初に会ったのは、ここで一人で立ってお昼ご飯を食べていたところを、君に見つかった時だったかな・・・。」
「いや、その前に教室で会ってますよ。まあ隙間にいた時の方がインパクトありましたけど。暗闇からいきなり肩を掴まれた時は、熊か不審者かと思って本当に驚きました。」
「そうだね・・・。だいぶ前のことのようだけど、2か月も経ってないんだよね。」
「??」
こんなとこまで連れて来てこの人急に何を言い出すの?そう思って北条さんの顔をまじまじと見つめたが、その表情はいつもと同じように涼し気なままだった。
「ちゃんと伝えていなかったけど、君には本当に感謝しているよ。実はあの時は君を利用するつもりだったんだ。教室でひとりぼっちだと思われないよう君を隠れ蓑としてね。」
「ああ、わかってましたよ。もちろん。」
体育倉庫で北条さんに難癖をつけられて、むりやり協力を約束させられましたもんね、と心の中でほくそ笑む。
「でも君は、わたしをこの隙間から連れ出してくれて、わたしに友達ができるように頑張ってくれた。しかもわたしのせいで変な噂に巻き込まれた後でも、知らん顔して変わらず寄り添ってくれて・・・。」
「噂に気づいてたんですね・・・。」
「当然よ。わたしは君が思ってるよりずっと繊細なのよ。いつも君はズバズバものを言ってくるけど、少しは配慮して欲しかったわね。ハハッ・・・。」
北条さんは声を出して笑ったが、その笑顔に力はなかった。
話が見えない。いったい何を言うつもりなんだろう。
「ずっと憧れていたんだ・・・。」
「えっ?」
「本やテレビで見て、ずっと憧れていた高校生活。友達と一緒に机をくっつけてお弁当を食べながら好きな小説の話をしたり、一緒に部活動をしたり・・・。一周目は期待を裏切られてばかりだったけど、二周目は君のおかげで短い期間だったけど理想としていた高校生活を楽しめたよ・・・・。ありがとう。」
そう言うと北条さんは僕に向かって深々と頭を下げてお辞儀をした。
「そんな・・・。なんで急に・・・そんなこと・・・。」
「実は、母から言われたんだ。いや、前から言われていたんだ。留年が決まった後からずっと。この高校は、わたしに合わないんじゃないかって。だから、退学して通信制の高校に入って、一人でマイペースに勉強した方がわたしのためじゃないかってさ・・・。」
「・・・・・・。」
「今日の保護者会の面談で、母はそのことを東原先生に話すつもりらしい。だから、その前に君だけには伝えておこうと思って。ほら、急にわたしがいなくなると君も困るでしょ。一緒にお昼ごはんを食べる相手もまた探さなくちゃいけないし・・・。なんだったらこの隙間を使っても構わないわよ。ハハッ。」
「・・・・・はい・・・・。」
「ん。じゃあ、話は終わり。教室へ戻ろうか。そろそろ母が来ているかもしれないし。」
そのまま教室へ向かって歩き出した北条さんを追いかけ、少し後ろをついて歩いた。
これは北条さんの話であって、僕の話じゃない。だから僕が口を出すべきじゃない・・・。
それに北条さんがいなくなっても、僕はまた平穏な高校生活に戻るだけ。北条さんのことも、きっとすぐに忘れるだろう。
それでも、僕のわがままとして聞いておきたい。もう最後かもしれないから。
「北条さんは、それでいいんですか?憧れとしていた高校生活がこれで終わってしまって。一人で勉強だけする高校生活になっても・・・。」
北条さんは足を止めて、僕の方を振り返った。相変わらず感情を読み取りにくい表情をしていたが、僕にはどこか悲し気に見えた。
「もし二周目の、この2か月がなければ何の悔いもなかったはずよ。一周目だけ見て、現実はこんなもんだって、簡単にあきらめられたんだろうね。でも、この二周目は・・・・なんて遅すぎだったかな・・・。」
その後の教室までの道のり、北条さんはずっと無言のままだった。
もっと伝えなければいけないことがあるはずなのに、僕も何も言えなかった。
教室まで来ると、廊下にスーツ姿の女性が立っていた。きっと、あの人が北条さんのお母さんだろう。
「じゃあ、行ってくるよ。」
そう言うと、北条さんはお母さんに声をかけ、一緒に職員室の方へ歩き出した。ぼんやりとその後姿を見ていると、北条さんがこちらを振り返らないまま、右手を軽く上げて、肩越しに横に振った。
まるで、バイバイと言っているみたいに。
このまま最後の別れになるのかな・・・。
「待ってください!」
思わず出た声の大きさに自分でも驚いた。
二人は歩みを止めて僕の方を振り返った。
「あの、僕は二宮慎太郎と言います。北条さんの隣の席の。はじめまして。」
突然大声で話し始めた僕に対して、北条さんのお母さんの顔にはけげんそうな表情が浮かんでいる。
「あの、あの・・・。北条さんは、頑張っています!毎日休まず学校に来て、授業も真面目に受けています。新しく友達も作ろうとしています。同級生から一人取り残されて、きっと心細いし辛い思いもしていると思うけど、必死で一からやり直そうとしています。」
「・・・・・・・。」
「僕は、そんな北条さんと一緒に二年生になって、三年生になって、卒業したいです。そのために必要だったら僕が支えます。何でも手助けをします。だから・・・、だから北条さんにもう一度チャンスをあげてもらえないでしょうか!!」
そのまま僕は深く頭を下げたので、北条さんのお母さんがどう反応しているかは見えなかった。
しかも、二人とも何も言ってくれなかったので、沈黙のまま永遠かと思える時間が流れた。
おそるおそる顔をあげかけた時、やっと北条さんのお母さんが口を開いた。
「二宮くん・・・でしたっけ?あなた由里子のお友達なの?」
「はい。隣の席で、部活も同じです。」
「君は由里子が何で留年したか知ってるの?」
「聞いています・・・。いえ、聞いているだけで、僕は去年の北条さんがどうだったのか直接は知りません。だけど、今の北条さんを見ていれば、北条さんは間違いなく変わったと信じられます。一生懸命、高校生として真面目に生きようとしています。だから、だからこそ二度と躓かないようしてほしい。それでも、もしも躓きそうになったら僕が支えになって、決して同じ過ちをさせません。」
「じゃあ、二宮くんは、由里子の事情を知ったうえで由里子が進級して、卒業できるように支えてくれてると言ってくれているのね。本気でそう言ってくれているととらえていいのかしら?」
「はい!もちろんです。」
北条さんのお母さんは、北条さんの方を見た。北条さんは、なぜか欧米人のように派手に肩をすくめるポーズをしていた。
「わかったわ・・・。じゃあ君のことも含めて先生と相談することにするわね。」
そのまま二人は職員室の方へ歩いて行った。僕が呆然として見送っていると、後ろからポンっと肩をたたかれた。
「かっこよかったよ、二宮。」
「桜井くん・・・見てたんだ。」
「いや、教室の前であんな大声で話してるからさ・・・。」
教室に入ると、なぜか他のクラスメートが拍手で迎えてくれた。
山田くん、山本くん、山下くんも、ひとりずつ僕の肩や背中を叩いて励ましてくれたし、渡辺さんも「気持ち、伝わるといいね」と小さな声で言ってくれた。
みんな聞いてたんだ・・・。
恥ずかしいけど、温かい空気が少しうれしい。