最終話 ステディになるための試練
その日の夜、僕は名古屋に帰ると明日美にLINEでメッセージを送り話したいことがあると伝え、近くの公園に呼び出した。
ずっと連絡をとっていなかったし、突然のメッセージだったから来てくれるか心配だったが、明日美はちゃんと来てくれた。
「ごめん。急に呼び出して。」
「久しぶり・・・。」
僕たちは小学生のころ、よく一緒に遊んだ公園のブランコに座って話をすることにした。
「僕から謝らなければいけないことが三つあります。」
「・・・・・。」
近況報告もそこそこに、僕はおもむろに立ち上がって、ブランコに座った明日美に向かって深々と頭を下げた。
「まず明日美がストーカーに悩んでいる時に付き合ってるフリをしようと提案したこと、僕は下心があってこの提案をしました。昔から明日美のことが好きで、できれば本当に付き合いたいと思って明日美の苦しい状況を利用してしまいました。ごめんなさい。」
「・・・・・・。」
「それから、こんな提案をしたのに勝手な噂に振り回されて、本当に苦しい時に一方的に関係を解消しようと言って僕だけ逃げ出したこと。自分で言い出したことなのに無責任な対応をしてしまってごめんなさい。」
「・・・・・・。」
「最後に、その後、明日美の方から何度も話そうとしてくれていたのに、ずっと無視していてごめんなさい。明日美と話すと自分の過ちと向き合わなければいけなくなるのが怖かったのでずっと逃げていました。」
「・・・・・・。」
明日美は黙ったまま何も言わない。その表情は困惑しているようにも見えるし、静かに怒っているようにも見える。
「わたしは・・・・、わたしも謝らなきゃいけない。」
明日美もブランコから立ち上がり、僕に向かって深々と頭を下げた。
「あの時、中2の時、慎太郎くんに一緒に帰って欲しいと伝えた時、実はそんなに困ってなかったの。ついてくる人がいるなんて、いつものことだったし。だけど、中学生になってから慎太郎くんと話す機会がなくなって・・・。もし困っているって言えば一緒に登下校してくれるかもって思って。わざと困っているフリをして慎太郎くんに相談しました。ごめんなさい。」
「あっ・・・。」
「それから、慎太郎くんが噂を気にして付き合っているフリを止めようと言った時、本当は慎太郎くんのことが好きで、フリじゃなくて本当に付き合って欲しいと言いたかったのに勇気がなくて言えませんでした。ごめんなさい。」
「えっ?」
「あと、あの後、慎太郎くんに連絡して話をしたいと言ったのは、わたしが罪悪感から解放されたかったからです。わたしのせいで慎太郎くんが学校で誰ともしゃべらなくなって、二人で一緒に行こうって言ってた高校からも進路を変更しちゃったことはすごく苦しかった。だから、無理にでも許してもらおうと思ってしつこく連絡していました。ごめんなさい。」
明日美は頭を少しあげて上目遣いでこちらを見てきた。
「いや、全部もともとは僕のせいじゃん。」
「違うの。もとはと言えば、わたしが変なことを相談しなければ・・・。」
そう言って僕と明日美は二人で顔を見合わせた。
「じゃあ・・・お互い様ということで・・・。」
「うん。」
明日美はそう言ってニッコリと笑ってくれた。少し大人びたけど、昔大好きだった明日美の笑顔だ。
「せっかく会えたんだし、少しお話しようよ。ねえ、京都の高校ってどんな感じ?」
「あ~、いま体育祭の準備をしてるんだけどすごく気合が入ってて。なにせあの南城友理奈が普通にクラス対抗リレーとかに出るんだよ。」
「え~!すご~い・・・。そういえばさ、あのレゴランドで一緒だった女の子、あの子も同じ学校なの?」
「うん。同じクラスで隣の席の子。」
「もしかして・・・彼女とか?」
「いやいや、違うよ。そんなんじゃなくて・・・。」
と手を振りながら否定したが、すぐに思い直した。
「いや・・・彼女じゃないけど、好きな人。北条由里子さんって言うんだけど、ちょっと人見知りだけど、とても純粋で真面目な人なんだよ。」
「そっか・・・、そうなんだ・・・よかったね。慎太郎くんと同じ高校ってことはきっと頭良いんだろうね。才女さんだ。」
「それが実はそんなことはまったくなくてね・・・。」
明日美にしてしまったことは取り消せないけど、素直になったおかげでこうしてまた明日美と笑って話せる日が来た。だから次は北条さんに素直にならないと。
★★
次の日、学校へ行くと北条さんは既に登校していた。
「おはようございます。北条さん。」
「おはよう。」
挨拶は返してくれたが、完全に向こうを向いて僕の方を見ないようにしている。
「北条さん、少しお話したいことがあるんですけどいいでしょうか。お昼休みに時間をとってもらえるとありがたいです。」
「・・・・・・。」
向こうを向いたままで、返事もなかった。
タイミング悪くその日の4時間目は体育で、授業後に着替えて戻ってくると、北条さんは席におらず、カバンもなくなっていた。どうやら徹底的に僕を避けているようだ。でも、僕には心当たりがあった。
「やっぱりここにいましたか。」
「ふぎゃっ!」
北条さんがいたのは校舎と体育倉庫の隙間。4月に僕が引っ張り込まれた暗闇の中である。
「あっ、あっ、あ!」
北条さんは焦って逃げようとするが逃げ道は一か所しかない。僕は体育倉庫と校舎の壁に両手をついて、体で逃げ道をふさいだ。
「1分でいいので時間をください。その話を聞いていただければ僕は立ち去りますし、その後であれば、僕を無視していただいても構いません。」
僕の真剣な表情に観念したのか北条さんはうなずいた。
「この間はすみませんでした。正直言えば、僕は怖かったんです。北条さんは、二周目で年上ですし、気にしてないフリをしてましたけど、一周目に何人もの男の人と付き合ってきたと聞いています。でも、僕はまだ誰とも付き合ったことがなくて・・・そんな僕が経験豊富な北条さんの恋人としてうまくやっていけるのか自信がありませんでした。きっと他の人と比較されて北条さんを失望させてしまう、同じようにすぐフラれてしまうって・・・。」
ここまで言ったところで、北条さんは壁についた僕の手を強引に引きはがして退路を作ろうとしてきた。しかしこの手をはがされるわけにはいかないと必死でこらえた。僕だって本気になればそれくらいの力は出せる。
「僕は北条さんのことが好きです。今思えば、最初に会った時、北条さんが僕の席に座って本を読んでいる姿を見た時から心惹かれていたんだと思います。これまで北条さんと一緒に勉強したり、合宿したりしてきました。全部北条さんのためだと自分で自分に言い訳して気持ちをごまかしてきましたが、実は僕が北条さんと一緒にいたかっただけなんです。だから北条さんの苦しい立場を自分のために利用していました。ごめんなさい。でも、もしまだチャンスがあるなら、これから僕と付き合ってくれないでしょうか?」
「・・・・・・・。」
僕の手を引きはがそうとしていた北条さんの腕の力は弱くなったが、北条さんは何も言わなかった。
ちょうど1分経ったくらいだろうか、そう思い僕は壁についた手を外し、2、3歩下がって北条さんが隙間から出て来られるようにした。
だが、北条さんは出て来ない。その代わり暗闇の奥から声が漏れてきた。
「わたしも怖かった。慎太郎は優しくしてくれる。いつもわたしを助けてくれる。でも、慎太郎がみんなに優しいだけで、わたしのことは全然特別じゃないかもしれないって。過去の噂を信じて、わたしのことをはしたないと思ってるかもしれないって怖かった。」
隙間の中を覗き込んだが、奥の方に入ってしまったので暗闇で表情は見えない。
「レゴランドで幼馴染みの話を聞いた時も不安になった。まだその子に気持ちがあってそっちに行っちゃうんじゃないかって。だから寝たふりをして聞かなかったことにした。」
暗闇の中から、グスッ、グスッと鼻をすするような声が聞こえてきた。
「何か月も付き合ってきたけど、誰ともこんなに長く付き合ったことなかったけど、それでも慎太郎が全然好きだって言ってくれなくて、いつステディになれるんだろうって不安になってた。だから姉の前でステディだって言ってくれて嬉しかった。でも、実は勘違いだって言われて悲しくなった。」
その言葉の後、北条さんは隙間から出てきた。
「でも、また付き合うことからやり直すのでも全然いいよ。いつか慎太郎のステディになれるように頑張るから・・・。」
そう言うと北条さんは僕の肩に顔をつけて嗚咽を漏らし始めた。僕は、北条さんの背中をさすりながら、頭に一つの疑問符が浮かんだ。
「あの『ずっと付き合ってきた』とか、『付き合うことからやり直す』って言ってましたけど、僕たち付き合ってたことありましたっけ?あと、いつかステディになれるよう頑張るってどういうことですか?いま僕が告白しましたよね?何を頑張るんですか?」
「はえ?」
落ち着いた北条さんから詳しく話を聞いた。要領を得なかったが、要約するとどうやらこういうことらしい。
北条さんは、欧米におけるデーティング期間、すなわち恋人になるかどうかの試験期間を日本でいう『付き合う』ことだと誤解していた。去年、男子から付き合って欲しいと告白されるたびにあっさり受け入れていたのも、恋人になれるかの試験対象としてほしいという軽い意味ととらえていたからだ。
「だって、ほとんど知らない人から急に告白されていきなり恋人になるなんておかしいじゃん!ちゃんと人柄を知ってからじゃないと。」とのことだった。
たしかにそう言われてみれば日本の制度の方がおかしいのかもしれない。
そして、西園寺さんたちが言っていた付き合う相手をコロコロ変えていたというのは、このデーティング期間に多数の男子がエントリーしたが、北条さんの審査が厳しすぎて、誰もステディになれなかったばかりか、全員がすぐに脱落したからということらしい。
「ちなみに、北条さんの中では、いつから僕と付き合ってたことになったんですか?」
そう質問すると北条さんは顔を赤らめて口をとがらせた。
「えっ?わかるでしょ?あれだよ。5月に東南寺で座って話しながら、『これからもよろしくね』って言った時からだよ。」
えっ?あの北条さんの留年の理由がただの成績不良だってわかった時?
「それはさすがに早すぎじゃないですか?」
「だって、慎太郎がその前にわたしが退学しそうになるのを引き留めてくれて、母にわたしを支えるって言ってくれてそれで本気なんだなって、じゃあ、わたしもちゃんと考えなきゃって思って・・・。」
北条さんは顔は下を向けながら、視線だけチラチラこちらに送ってくる。
たしかにその頃から急に名前呼びになったな~とは思ってたが、まさかそんな前から審査されていたとは・・・。
「わかりました。それで北条さん、わかりにくくてすみませんでしたが、さっき僕がお願いしたのは付き合うではなく、ステディになって欲しいという意味です。いかがでしょうか?」
そう聞くと北条さんは急に腕を後ろに回して下を見ながら足元の石を蹴り出した。
「ステディっていうのは、お互いに恋人としての関係になったって思えたときからステディなんだよ・・・。」
「えっ?それはどういう・・・?」
北条さんは動きを止めて僕の方を見つめ、しばしの無言の後、おもむろに口を開いた。
「だから・・・、慎太郎が北条さんじゃなくて、由里子って呼んでくれたら、由里子好きだよ、愛してるって言ってくれた時から、ステディかなって・・・。慎太郎、好きだよ、愛してる。」
北条さんが頬を赤くしながら期待に満ちた目で見ている。
「・・・・由里子、好きだよ、愛してる。」




