第23話 天使のような悪魔の笑顔
近鉄伏見駅の改札に入り、電車に乗って自宅に着き、その後、夜寝るまで、僕の頭の中はずっと同じことを考えてきた。
あの北条姉妹の反応はいったい・・・最後の北条さんのハグはなぜ・・・?
何度思い出しても間違いないことが一つある。北条さんのお姉さんから関係を問われたことに対し、僕が「ステディ」と回答したら、姉妹ともに急に態度が変わってしまったことだ。
気になって帰りの電車でスマホで調べた意味。
まさかそんなことあり得ないと切り捨てたが、そのまさかじゃないだろうな・・・。
「まあ、何かの勘違いだろう。きっと明日になったら、いつもどおりの北条さんに戻ってるはずだ。」
僕はむりやりそう結論付けて入眠した。
まさか僕と北条さんに限って、あんな誤解をするはずはない。
しかし、次の日の北条さんはやっぱりおかしかった。
「あっ!慎太郎、おはよう!」
「おはようございます。北条さん。」
教室に着いた時の朝のあいさつのやり取りはいつもどおりだった。ただ、北条さんの表情が違う。目が潤んで頬がわずかに染まっている。
いつもどおりお昼休みに机を付けてお弁当を食べた時もおかしかった。
「実は昨日エビフライを揚げたんだけど、慎太郎はエビ好きだったでしょ?慎太郎の分もあるよ。」
「どうも・・・。」
北条さんと一緒にお弁当を食べるようになって半年近い。おかずを取られたことは数多いが、おかずをもらうなんて・・・。
「あれっ、今日はシン×ユリの雰囲気がちょっと違う!」
「えっ?とうとう何か進展が?」
「今日こそ公式発表があるの・・・?」
お昼休みの終わりころ、どういうわけか血の匂いを嗅ぎつけた野口さん、深川さん、渡辺さんのゴシップ大好き三姉妹が僕たちの席に集まって来た。
僕が適当なことを言ってごまかそうとすると、隣の北条さんから指でつつかれた。
「ねえ、どうする?」
小声で聞かれたが、何をどうするんだ?
「特にリリースする内容はないので、また今度。」
「「「「え~~~~!」」」」
って、なんど北条さんまでゴシップ三姉妹の側に立って文句を言うんだ?
これはいよいよ杞憂ではないかも・・・。しかし・・・。
僕は疑念を持ちながらも確信を持てないまま時間が過ぎ、この日の放課後も、いつもどおり一緒に勉強して、一緒に帰ることになった。
いつもどおり二人そろって校門に向かって丁寧にお辞儀した後、いつものとおり京都駅に向かって歩き出そうとすると、北条さんが唐突に僕の手を握ってきた。
「えっ?」
「あっ、ああごめん。まだ学校の前だもんね・・・。」
北条さんは、僕の手をそっと離し僕の横に並んだまま一緒に歩き出した。
「そういえば北条さんに借りた本なんですけど、そろそろ読み終わりそうですよ。」
「ああ・・・うん。それよりあのさ、わたしの呼び方なんだけどさ・・・。いつも『北条さん』って呼んでるけど、そろそろ『由里子』って呼んでくれていいんじゃないかってさ・・・。どうかな?」
僕はピタリと立ち止まって北条さんの方を見た。
僕の方を見た北条さんの瞳は朝と同じように潤んでいる。
この瞬間、僕は確信した。僕の考え過ぎであってくれと願っていた、あの予想が当たっていたことを。
「あの、間違ってたら申し訳ないですけど、昨日お姉さんと一緒に話した時、僕がステディって言ったじゃないですか。あれって恋人という意味ととらえました?」
北条さんは、軽くはにかみながらうなずいた。
やっぱり!!
昨日、僕がスマホで調べたところによると、欧州の一部では恋人関係になる際に、デーティング期間と呼ばれる試験期間があり、その間にお互いを試験して恋人関係に進んでよいと両方の意思が一致したら、正式にステディと呼ばれる恋人関係になるらしい。
問題は、このいずれのプロセスにおいても、日本のように告白して気持ちを確認し合うようなことはないということらしい(※確認することもあるらしい)。
したがって、どこからがステディなのか曖昧になるという問題があるとか。
北条さんのお姉さん、真佐子さんが言っていたのは、この恋人関係としてのステディであり、それに対して僕が勘違いして友達として安定している関係にあることをステディだと回答したことで、誤解を招いたのであろう。そうであれば早めに誤解を解かないと!
「北条さん、歩きながら聞いてください。」
「あっ、うん。」
「きちんと意味を確認せず、安易に回答した僕が悪かったのですが、昨日僕が言ったステディとは恋人関係ではなくて、友人関係としての関係が安定しているという意味なんです。」
「えっ?」
北条さんが立ち止まり、僕の肩をガッと掴んできた。僕を見つめた目が大きく見開かれている。瞳孔も開いているかもしれない。
「そもそもそういう関係じゃなかったですよね?」
「そ、そっか・・・。まあ、お姉ちゃんも結論を焦り過ぎたのかもしれないね。ごめんね~、お姉ちゃんのせいで・・・。」
北条さんは笑ってくれているが、口の端が少しひきつっている。
「それから、前にレゴランドに行った時の帰りに話したと思うんですけど・・・。僕は中学生の時に、幼馴染みに軽率に付き合ったフリをする提案をしたことをきっかけにして学校中から無視されて、また相手も傷つけてしまったという苦い思い出があるんです。だからもう恋愛沙汰には関わらないと決めてまして・・・。」
「あっ、あ~そうなんだ・・・。そういえばわたしも去年似たようなことがあったな~。」
「だから、北条さんのことは大事な友人だと思っていますけど、いやだからこそ今後も恋人とか恋愛関係になることは考えられなくて・・・それで・・・。」
「ははっ、そうか・・・そうなんだ・・・。あっ、そうだ!わたしは近鉄だから東寺駅の方から帰るんだった、じゃあここでね!じゃあね~。」
北条さんは引きつった笑いをしながら東寺駅の方へ駆けて行った。
僕はその後姿をずっと見ていたが、北条さんは途中でおばちゃんが運転する自転車にぶつかりそうになり謝っていた。
「しかたないんです。明日美と同じような結末にならないように。同じことになって北条さんを傷つけることは絶対ないようにしたいから・・・。北条さんもわかってくれるはずだ。」
そう小声でつぶやきながらふと気づいた。
そういえばレゴランドの帰り道、北条さんは途中で寝ちゃったから、僕の中学の頃の話を聞いてなかったかもしれない。そうだったら明日きちんと話さなきゃ・・・。
しかし、北条さんは次の日学校を休んだ。次の次の日も休んだ。結局3日連続で休んだ。留年した一周目でも無遅刻無欠席だったのに・・・。
★★
「おはようございます。北条さん。」
「おはよう。」
3日後、ようやく登校してきた北条さんにいつもどおり朝の挨拶をしたが、北条さんは目を合わせてくれない。
昼休みが始まると、北条さんはカバンをもってすぐに教室を飛び出して、午後の授業が始まる直前まで戻って来なかった。
★★
「あっ、北条さん。今日の勉強なんですけど・・・。」
「きょ、今日は早く帰らないといけないから!ごめん!」
北条さんは僕の方を見ないまま、ダッシュで教室を飛び出そうとした。しかし、目測を誤ったのか引き戸に盛大にぶつかり、ドガシャッと大きな音を立て、残っていた生徒の注目を集めたが、それに構わず北条さんは下駄箱の方に走って行った・・・。
「そこまで避けなくても・・・。」
その時、背中をつつかれたので振り返ると、そこには天使のようにかわいらしい外見で、悪魔のような笑顔をしたちびっ子、西園寺さんが立っていた。
「なんだ?ちょっと見ない間に面白いことになってるじゃないか。ちょっとツラ貸しな!」
そう言うと西園寺さんは僕の返事を聞かず、部室棟の方に僕を引っ張って行った。




