第19話 ワタシタチハトモダチ
次の日の朝、僕は30分早く起きてロビーに下りてきた。
「慎太郎、遅いよ。」
約束通り、北条さんがロビーのソファに座って待っていた。
「ごめんなさい、時間ぴったりのつもりだったんですけど。」
そう言って、僕は急いで北条さんの隣に座った。
「昨日はごめんね。弱いところを見せちゃって。もう大丈夫!慎太郎も頑張ってくれてるし、最後まで頑張るよ。」
北条さんは言葉ではそう言ったが、やはり目に力がない。表情にも疲れの色が見える。
「元気になってよかったです。そういえば、昨日北条さんのお母さんとメールしたんですけど。」
「ああ、どうだって?みんな元気にしてる?」
「ええ、元気みたいです。なんかご家族で有馬温泉に行かれているみたいですよ。」
「えっ・・・・。そっか、たしか前からそういう予定だったけど、わたしだけ合宿だから行けなくなったんだった・・・。」
そう言うとあからさまに表情が曇りうなだれてしまった。
「あっ、そうなんですね。でもほら、合宿が終わっても夏休みは、まだ2週間くらい残ってますし・・・・。」
「うちはお盆から仕事が忙しくなるから、家族で遊びに行けるのは今の時期しかない・・・。」
「あ~そうなんですね・・・。」
北条さん、やっぱり繊細になってるのかな。普段はこんなことでは落ち込まないのに・・・。
「あっ、そういえばクラスでユニバに遊びに行く話ってなかった?」
北条さんが思い出したかのようにぱっと顔をあげたが、僕は思わず目をそらしてしまった。
「あれは・・・ちょうど明日ですね・・・。」
「そっか・・・。たった一度の高校1年生の夏休みが何も楽しいことなく終わっちゃうのかな・・・。」
また北条さんがへこんでしまった。
普段だったらここで僕が『北条さんの高校1年生の夏休みは2度目でしょうが!』と軽口でも叩けば北条さんも乗ってきて空気が和むのだろうが、今日はとてもそんなことを言えるような雰囲気ではない。
よほど落ち込んでいるのかな・・・。僕に何ができるだろうか。
「じゃあ、合宿が終わったら僕とどっか遊びに行きましょうか?どこでも北条さんの好きなところへ。」
「えっ?ほんと?」
顔をあげた北条さんの表情は、わずかだが明るくなったようだ。
また安易な約束をしてしまったと後悔する気持ちもあるが、少しでも元気になってくれたならそれに勝るものはない。
「どこがいいかな~。う~ん。」
北条さんがニコニコしながら腕組みして考えている様子をぼんやりと見ていると、その後方からもう一人の待ち人がこちらへ歩いてくる様子が見えた。
「慎太郎、由里子、おはよう。」
「南城先輩、おはようございます。ここに座ってください。」
僕は南城先輩を、北条さんを挟むように隣の椅子に座らせた。
昨夜、南城先輩にお願いしたこと、それは朝の時間に北条さんと少し話をしてあげて欲しいというものであった。
南城先輩は、北条さんのことを友達だと言ってくれたし、北条さんの誤解が解ければ、2年生の先輩との関係が改善するきっかけになるかもしれない。藁にもすがる気持ちだった。
「・・・・・・・。」
案の定、北条さんが黙って席を立とうとしたので、Tシャツの裾を引っ張って強引に座らせ、「この人は敵じゃないです。聞いてあげてください。」と耳打ちした。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
北条さんは腰を下ろしてくれたが、そのまま下を向いて沈黙した。南城先輩もあらぬ方向に視線をやって黙っている。
「ううんっ!」
僕は咳払いをして、南城先輩の注意を引き目線を送った。昨日頼んだことお願いします、というメッセージを込めて。
「由里子、わたしは由里子のトモダチ。また仲良くして欲しい。」
南城先輩は、斜め上の宙を見つめながら、昨日お願いしたセリフを言った。
そのセリフを聞いて、隣の席に座った北条さんが小刻みに震え出した。
「わ、わたっ、わたし、わたしは・・・・。」
視線は揺れているが、必死に思いを言葉にしようと頑張っている。
僕は後押しするつもりで、手のひらで北条さんの背中に触れた。北条さんのTシャツの背中は汗でぐっしょりと濡れていたが、体は冷たかった。
『北条さんの味方はここにいます。僕がいます。』
そう念じながら、背中に当てた手に力を込めた。
「わたしは・・・友理奈のこと・・・友達と思ってた。だけど・・・怖くなった・・・裏で・・・他の女子と一緒に・・・わたしのこと嫌ってるんじゃないかって・・・。そしたら・・・前みたいに話せなくて・・・。」
北条さんは下を向きながら、震える声で言葉を絞り出した。頑張れ!
「私は悲しい。ユリコが信じてくれなかったこと。」
南城先輩が宙を見つめたまま応える。
注意して見ると南城先輩も小刻みに震えているのがわかる。
「ごめんね・・・ごめんね。あの頃のわたしは、周りがみんな敵に見えて・・・。」
北条さんは、そう言うと、零れ落ちた涙を指で拭いた。
「わたしもごめん。由里子を守れなくて・・・。よければまた仲良くしてほしい。」
南城先輩がやっと北条さんの方を向いてくれた。豹のような瞳に涙がたまって潤んでいる。この人もつらかったんだな・・・。
そのまま南城先輩は、北条さんの肩を抱き、北条さんの嗚咽が止まるのを黙ってゆっくり待ってくれていた。
僕は、それを見て静かに席を立った。
その日の朝食時間、北条さんは2年生のテーブルの中で南城先輩の隣りにいた。
まだ緊張で顔が引きつっているが、南城先輩以外の周りの部員も北条さんにちらほら話しかけているように見える。
昼食時間でも北条さんは2年生部員と一緒のテーブルについていた。
夕食時間には、探さなければすぐには北条さんが女子部員のどこにいるのかわからなかった・・・。
次の日の朝、念のため30分早く起きてロビーに下りたが、そこには誰もいなかった。
「よかった。もう一人で大丈夫かな。せっかく早起きしたから散歩でもしようかな」
僕は少しの寂しさを感じながら勝手口の方に足を向けた。
「ちょっと!慎太郎!どこ行くのよ?」
振り返るとそこには階段から降りてきた北条さんが手に腰を当てて立っていた。その凛とした涼し気な表情を久々に見る気がする。
「散歩に行こうと思って。」
「わたしと話すために毎朝30分時間をとる約束でしょ。忘れないでよ。」
北条さんは、ニヤリと笑いながら右手の人差し指を突き付けてきた。いつもの自信にあふれた魅力的な笑顔だ。
「2年生の先輩方とうまくいっているようなので、もう必要ないかと思って。」
「それはそれ、慎太郎は慎太郎よ。まだ夏休みにどこに遊びに行くか決めてないでしょ。歩きながら話しましょ!」
そう言うと北条さんは、駆け寄ってきて僕の肘のあたりをつかんで引っ張った。爪が刺さって痛かったが不思議と嫌ではなかった。
「そういえば、話が途中でしたね。どこに行きたいですか?」
「えっと、ユニバと海遊館と任天堂ミュージアムと、あっ奈良公園も行きたいわね。」
「そんなに行けませんよ。一か所でお願いします。」
「え~!あっ、家族旅行で行けなかった有馬温泉とか。」
「泊りは勘弁してください。」
「え~、わがままだな~!じゃあどこがいいかな~?」
「ところで北条さん、その前に忘れてませんか?この合宿の最終日に追試があるんですけど、準備は大丈夫ですか?」
「あ・・・あれ?ああ、そうね。保健体育なんて暗記すればいいだけだから余裕よ。」
「そのセリフ、テストの前にも言ってましたよね。それで赤点・・・。」
「あれは慎太郎が協力してくれなかったからだって。あっ、今日から練習終わった後に教えてよ。よろしくね。慎太郎!」
そう言いながら振り返った北条さんは弾けるような笑顔で、朝日に照らされてまぶしかった。




