第11話 平凡な日常にも死は隣接している
生徒指導室を出てカバンを取りに教室へ戻ろうとすると。廊下の窓から夕焼けが見えた。
「ああ、結構長く話してたんだな・・・・くだらない話を。はやく帰ろ。」
教室近くまで来ると、生徒の姿は見えず、野口さん、深川さん、渡辺さんも帰ったようでほっとした。
告白と誤解されている件もどう対応するか、明日、北条さんに相談しないとな・・・。
そう思いながら教室の扉を開けると、教室の中では一人、北条さんが席で読書をしながら待っていた。
「えっ?待っててくれたんですか?結構遅くなっちゃったのに。」
「うん・・・ほら、さっきの話途中だったでしょ。帰りながら少し話そうよ。」
「ああ、はい。待たせてしまってすみません。」
そういいながら、カバンをもち、リュックを背負い二人で校門へ向かった。
この学校の校門には、『校門一礼』という看板が立っており、登下校の際に立ち止まって一礼することになっている。
僕はいつものとおり、軽く会釈してそのまま通り過ぎたが、後ろから来るはずの北条さんの気配がなかったので振り返ったところ驚いた。
北条さんは立ち止まり、校舎を正面に見て、ゆっくりと頭を下げ、そのまま静止して丁寧に礼をしている。ちょうど夕陽がさして、絵画のようだ。
「美しい・・・・。」
あっ、所作がね、所作が!
思わず言っちゃったけど、誤解しないでね。別に誰にも聞かれてないから言い訳なんかいらないんだけど・・・。
「お待たせしたね。じゃあ行こうか。」
それにしてもきれいな所作だった。明日から僕もあのくらい丁寧に礼をすることにしよう。
「君はいつもどうやって帰っているの?」
「JRだから京都駅ですね。京都駅までいつも歩いています。」
「じゃあ、一緒に京都駅まで歩こうか。」
学校から京都駅までは徒歩15分。バスでも行けるが歩いている生徒がほとんどだ。僕と北条さんも並んで京都駅に向けて歩き出した。
「さっきはごめんね。わたしのためにいろいろ考えてくれているのにわがまま言っちゃって。」
「ああ、いいんですよ。僕ももっといい方法がないか考えてみます。でも、海外の中学校だとカリキュラムが違うから、北条さんがこれまで勉強してきたことは僕らと違うってことですよね。そんな状況からいきなり日本の高校の勉強を始めるなんて・・・ご家庭の事情で苦労されているんですね。」
「いや、苦労だと思ったことはないよ。だけど、どう勉強したらみんなに追い付けるのかずっとわからなくて・・・ちょっと君に甘えてわがままを言ってしまったね。」
「北条さんがよければ、明日から放課後に残って一緒に勉強しましょう。いきなりは無理ですけど、少しずつ追い付けば大丈夫ですよ。」
「うん。よろしくね。でも、それで期末テストに間に合うだろうか・・・。」
「期末テスト対策も何かいい方法がないか考えてみますね。」
「期待しているよ。」
横を見ると北条さんは少し微笑んでいた。態度も何かしおらしい。
さっきの東原先生の乱暴さとのギャップでそう見えるだけかな・・・。
あっ、東原先生といえば、あの件を相談しておかないと。
「そういえば、北条さん。違うことで困ったことになりまして・・・。」
「どうしたの?」
「先週の金曜日に北条さんと北条さんのお母さんに、北条さんが進級できるようサポートするって話をしたじゃないですか。それを見ていた他の生徒が、僕が北条さんに告白していると勘違いしたみたいで、さっき質問攻めに遭いまして。それで、事情を説明しようと思ったんですが、そうすると北条さんが退学しそうだって話もしなきゃいけなくなるので・・・どうしたものかと。」
「なるほどたしかに。わたしが退学しそうになっている話は、あまり広めて欲しくないな~。」
「やっぱり、そうですよね。」
そのまま腕組みして考えながら油小路の交差点まで来て、赤信号が変わるのを待っていると、横にいた北条さんが急に僕の方を向いて、ムフフとした表情で笑いかけてきた。
いかにも『名案を思い付いた』という得意げな顔だ。北条さんがこういう顔をする時は嫌な予感しかしない。
「じゃあ、こういうのはどうだろう。本当に告白だったことにして、付き合っていることにするというのは。」
「??ちょっと意味がわかりませんが、そのこころは?」
「ほら、木を隠すなら海の中というだろう。」
「いや、いやいや海の中に木を隠すってどんな状況ですか。海の中に木を隠したら、木が塩水で枯れちゃいますよ!」
「そうか・・・枯れるのはまずいな・・・。」
「それから、そもそもどういうことですか?本当に告白ということにして、付き合っていることにするっていうのは。その誤解を解くための説明を考えているのに、認めちゃったら意味ないじゃないですか!」
「名案だと思ったんだが・・・。」
あっ、しまった。北条さんがシュンとしちゃった。ちょっと強く言い過ぎたかも。
「あっ・・・ほら、北条さんも心無い噂に心を痛めてきたじゃないですか。僕も同じような経験があって・・・。だからここは冗談じゃなくて真剣に対応したいなって・・・。」
「冗談って・・・。」
ああ、ますますシュンとしちゃった。青菜に塩、むしろナメクジに塩をかけるとこんな感じかな。ちゃんと説明しないと。
「いや、すみません。説明が足りなかったです。実は、僕の方に事情があるんです。あまり振り返りたくない過去なので言いたくなかったんですが、実は僕が中学の頃なんですが、ある事情から友達を助けるために、その子と付き合っていることにしたことがあったんです・・・。」
「それで・・・?」
「軽い気持ちで始めたんですが、周囲の誤解によってだんだんと悪い噂が広まってしまって・・・その時も誤解を解こうと必死で説明したんですが、かえって火に油を注いでしまって最終的には荒唐無稽な根も葉もない噂が学校中に広まり、僕は中学校の全員から距離を置かれて孤立してしまって・・・。それがわざわざ遠距離通学を選んでこの高校に入学した理由でもあるんです。あの時は僕だけではなく、彼女も傷つけてしまったので、二度と同じようになることは絶対に避けたくて・・・。それで強く否定してしまいました。ごめんなさい。」
ああ、明日美の控えめな笑顔がフラッシュバックして胸が締め付けられる。もう忘れたつもりだったのにまだこんな気持ちが残ってたのか・・・。
だからこの話をするのをずっと避けてたのに・・・。
バシッ!!
その瞬間、北条さんは僕の背中のリュックを平手で強く叩いた。フルスイングで。あまりの強さに、僕は油小路の交差点に1,2歩飛び出してしまい、その鼻先をタクシーが猛スピードで駆け抜けていった。平凡な日常にも死が隣接していることを実感した。
「君も苦労したんだね。わたしも去年は苦労したし、お互い厄年だったんだな。でも、去年厄年だったってことはさ、今年、来年ときっとどんどん良くなるよ!過去にとらわれず、一緒に前だけ向いて行こうよ!」
いつの間にか、北条さんはいつもの凛とした涼しげな表情に戻っていた。
「そうですね。前を向いて歩かないとですね。ほら、ちょうど青に変わりましたし、行きましょうか。ところで、噂の対応はどうしましょうか。」
「まあ、放置がいいんじゃない?さっき言ってたでしょう。必死に弁解しても火に油を注いでかえって悪い噂が広まるってさ。だから何も説明せず、なるように任せよう。」
「僕に実害があるわけじゃないですし、北条さんがそれでいいなら。」
「じゃあ、この話は終わりだね。ところでチャンドラーのマーロウシリーズはどこまで読んだの?」
「えーっとですね・・・・。」
その後、僕と北条さんは、北条さんの好きなハードボイルド小説の話をしながら京都駅まで歩いた。心なしかいつもよりもゆっくり歩いた気がする。
「じゃあ、僕はJRなんで。北条さんは何線ですか?」
「わたしは近鉄だから。じゃあ、また明日ね!」
北条さんは、肩の前で軽く右手を振ると、そのまま近鉄のホームへと入って行った。
僕は北条さんを見送った後、JRの改札の方へ足を向けかけて、ふと気づいた。
「あっ、近鉄だったら学校近くの東寺駅から乗れたじゃん!」
あ~、しまった。北条さんが何も言わないから黙って京都駅まで連れてきちゃったよ。
こういった気遣いができないところが、僕はまだまだだな~。反省しないと・・・。




