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隣の席は二周目の彼女 ~二度目の一年生~  作者: 有希乃尋
第1章 二周目は友達を作ろう!北条さん!
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第1話 周回遅れの二周目女子

その日、期待と不安をかかえた高校入学式を終えて、初めて教室に足を踏み入れた僕の目を奪ったのは、窓際の席に座り、春風に、肩まである淡い栗色の髪をなびかせながら凛とした涼しげな表情で文庫本を読む一人の女性だった。


僕は、その場にたたずんでその絵に描かれたような美しい光景に見惚れ、いったい何を思っているのだろうと想像し、しばしためらった後、勇気を振り絞り、席に近づいて声をかけた。


「すみません、先輩。そこ僕の席なんですが・・・・。」

「君の席?」

彼女は、本から目を離し、僕の方をちらりと見た。口調は物憂げだった。

「ほら、黒板を見てください。座席表に僕の名前が書いてありますよ。」

黒板に貼ってある『1-1座席表』というタイトルの模造紙には、窓際の後ろから2つ目の席に『二宮慎太郎』という僕の名前がはっきりと書いてある。

「ああ、そうか。ごめんね。」

そう言って、その彼女は机の横に掛けたカバンを持ち、立ち上がって席を空けてくれようとした。話の分かる人でよかったとホッとしていると、突然動きを止めて僕の方を見つめてきた。その目は鳶色できらめき美しかったが、鷹の目のようであり、かつまったく笑っておらず少し怖い。


「ところで・・・どうしてわたしが先輩だってわかったのかな?」

「えっ、それは入学初日から制服をそんなに着崩してる人はいないですし、カバンもそこそこ使い込まれてるようでしたし、そもそも入学式にいませんでしたよね・・・。違いましたか?」

「いや、間違ってないよ。鋭いね、君。」


そういうと彼女はカバンを持って颯爽と教室から去って・・・・・行かず、そのまま僕の隣の席に座った。んっ?座席表によれば、そこは北条由里子さんの席のはずだが・・・。まあいいか。北条さんが来たら、北条さんが声をかけるでしょ・・・これ以上関わるの怖いし。


しかし、そのままその先輩は北条さんの席に居座り、北条さんはいつまでも現れず、そのうち担任の先生がやってきてHRが始まってしまった。あれ?北条さんは休みなの?それで、この先輩は何でここに居座ってるの?下級生のHRに忍び込むゲームが先輩の間で流行ってるとか?


「残念ながら1名欠席ですが、これから1年間、この39人が1年1組のメンバーとなります。じゃあ、自己紹介をしていくよ~。わたしは担任の東原うららで、趣味はスナック菓子を食べながらのゲーム実況動画鑑賞・・・。」


あの先生鈍いな。どう見ても不審者が紛れ込んでるだろ・・・。このまま自己紹介に入っちゃうと、本物の北条さんはどうなるんだろ・・・。

先生の自己紹介が終わった後、窓際の前よりの席から順に教壇に上がって自己紹介が始まった。僕は目立たないよう、名前と出身中学を話すだけで無難にこなしたが、果敢に笑いを取りに行ったり、趣味をさらけだして同好の士を見つけようとする生徒もいた。それを聞く生徒も総じて温かく、和やかな空気の中で自己紹介は続いた。いい人ばかりでよかったな。ここだったらうまくやっていけるかな・・・。


そんな中、とうとう北条さんの席のところまで順番が回ってきた。いったいどうするつもりなのか。あれっ?隣の先輩は立ち上がって、つかつかと教壇に歩いていくぞ。自己紹介までセットの罰ゲームなのかな?

「あっ・・・あなたは・・・いいのよ・・・。」

東原先生は、慌てて止めようとするが、先輩は、そのまま教壇の前に立ち、こう言った。


「この学校の1年2組から転生して来ました!北条由里子です!高校一年生を一周年突破、二周目で~す。この学校のことは何でも知ってるよ。なんでも聞いてね!てへっ!」


クラスの空気が一瞬で凍り付くのを感じた。この世に地獄があるとすれば、この場面以外に考えられるだろうか・・・。当の二周目女子の北条さんは、この空気に気づかないのか、それともメンタルが鋼なのか、みんなの拍手を待つことなく、なんら悪びれずに席に戻ってきた。ちらっと見ると、ちょうど目が合ってしまったが、その目は動揺しておらず、その表情も涼しげなままだった。何考えてるんだろ、この人・・・。


「北条さんは、いろいろあって留年しちゃったけど、同じ1組の仲間だから、みんな仲良くしてあげてね・・・。」

東原先生が弱々しくフォローするが、クラスの動揺は収まらず、北条さんより後の生徒の自己紹介は、ざわついた空気の中行われた。申し訳ないが何を話しているかほとんど頭には入ってこなかった。北条さんはどう思っているのか気になり、チラチラと盗み見したが、北条さんの横顔には何の変化も見られなかった。


                       ★


入学から数日経ち、クラスの雰囲気も落ち着いてきた。僕は、出身中学からただ一人、他府県にあるこの高校に入学したので、果たして友達ができるか不安だったが、無事に山本くん、山下くん、山田くんのお昼ごはんグループに入れてもらえた。人間関係でトラブルを起こさず、落ち着いた平穏な日々を過ごすという高校生活最大の目標達成に向けて順調な滑り出しだ。よしよし!


「二宮くんのとなりの席って誰の席?お昼休みだけ机と椅子を借りても大丈夫かな?」

「ああ、そこは北条さんの席だよ。昼休みはいつもどこかいっちゃうから大丈夫じゃない?」

「え~!あの美人の先輩の席だと思うと緊張するな~。」

「先輩じゃね~し(笑)。」


入学式の後のHRでの自己紹介。北条さんは自己紹介による第一印象の大切さを身をもって教えてくれた。あの羞恥心を振り切った自己紹介の後、北条さんは人気者になり、あっという間にクラスに溶け込んだ・・・・ようなことはなく、むしろクラスのみんなから警戒され、遠巻きに見られる存在になってしまった。

ただでさえ高校生の1歳差は大きい。まして、自己紹介で吹っ切ったキャラを見せてつけてきたにもかかわらず、その後はいつも無表情でクールな雰囲気を漂わせている北条さんのキャラは絡みづらく、みんな声をかけるのをためらった。反面、悪目立ちして関心は集めており本人がいないところで噂の中心になることは少なくない。


「北条さんって、いったいどこでお昼ごはん食べてるのかな~?」

「二年生の教室じゃね?さすがにそっちには友達いるでしょ。」

「まあ、一年後輩に溶け込めっていうのも無理だよね・・・。」

山本くん、山下くん、山田くんの話題も北条さんに関することが多い。ただ、この三人には北条さんが苦手というよりも、チャンスがあれば話しかけたいという雰囲気を感じる。男子の間では、美人な北条さんとお近づきになりたいが、さりとて勇気を出せないとか抜け駆けに対する周りの視線が気になるというジレンマを持っている生徒も多いようだ。実に興味深い・・・。


「あっ、そうだ今日は5時間目が体育だから準備しとかなくちゃ。ごめんね。先に行くね。」

「ああ、二宮くん。体育係おつかれ~。」

「頑張ってね~。」

僕は、急いでお弁当を片付けると体育倉庫に向かった。東原先生にハードルを出しておくように言われてたんだった・・・。


更衣室で着替えて、体育教官室で鍵を預かり、体育倉庫に向かって歩いていると、校舎の切れ目、体育倉庫との間にある隙間から突然、強い視線を感じた。

あの暗闇になにかいる!

背筋を凍らせながら、ゆっくりとそちらを見ると、暗闇にらんらんと光る二つの眼がこちらを見ており、一瞬目が合ってしまった。

「殺られる!!」

思わず目を逸らして駆け出そうとした刹那、暗闇から伸びてきた手に肩をつかまれ、あっという間に闇の中へ引っ張り込まれた。

「たすけっ・・・もごごご・・・」

肩をつかまれたまま素早く口をふさがれた。必死で振り払おうとするも、すごい力で振り払えない。不審者?いや・・・熊か・・・?

ああ・・・短い高校生活だった。僕はここで殺されるのか・・・こんな獣臭い腕の中で・・・いや、獣臭くないぞ。むしろいい匂いがする。じゃあ、この掴んでいる腕は・・・。


「わたしの秘密を知ったな、二宮くん。」


首をひねって振り返ると、視界の端には見覚えのある栗色の髪が・・・。そしてこの声は・・・。

「あっ、あれ?もしかして北条さん?どうしてこんな隙間に?」

「・・・・見ればわかるでしょ。お昼ごはん食べてるのよ。」

確かに足元を見ると、箸が刺さったお弁当箱が置いてあるような・・・。

「こんな暗くて狭くて座る隙間もない場所で立ったまま?なんで?」

「なんでって・・・それはわかるでしょ?」


いや難問が過ぎるでしょ。女子高校生が校舎と体育倉庫の隙間に挟まってお弁当食べるってそんなシチュエーション聞いたことないよ。


「すみません・・・本当にわかりません・・・。そういう趣味かなんかですか?」

「わたしが好きでこんなことをしてると思ってるの?」

「いえ・・・てっきり狭いところに挟まって食べるご飯おいし~という人もいるかと・・・。僕はそういう趣味を否定する気はないんで・・・。」

「違うよ!一人で弁当食べられる場所探したらここしかなかったの!」

「何で?一人で・・・?」

「友達いないからに決まってるでしょ!」

「いや決まってないでしょ。一人で食べるの好きな人もいますよ。それに、一人で食べるにしたって、他にも場所ありますよね。教室とか、中庭とか・・・。」

「ばっか!一人で食べてるところを見られるなんて恥ずかしくて死んじゃうでしょ!」

「じゃあトイレとか・・・」

「そこまで落ちぶれてないわよ!」

いや、この暗闇でのランチはもう最下層クラスだと思うよ。

「ま、まあ・・・いずれにしてもこの隙間から早く出ましょうよ。ちょうど体育倉庫の鍵を持っているのでそこで座って食べてはどうですか?よければお話を聞きますよ・・・。」

「なんか汗臭そうだけど仕方ないわね。よっし、見つからないようにすぐに移動するわよ。弁当箱持ってさっさと来なさい!」


僕は、その後、卒業し、何年経ても、この日に北条由里子さんに肩を掴まれたときのことを鮮明に思い出すことができる。

もしこの時肩を掴まれなければ、この後、どんな高校生活になっただろうか?

いや、きっと目標通り、もっと平穏な高校生活を営めたんだろうな・・・。それは間違いない。

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