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僕は墓守 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よう、こーちゃん。久しぶりだな、そちらからこちらに出向いてくるなんて。

 かれこれ、数年ぶりくらいになるか。なかなか遠出がしづらい時が続いていたからな。心情的にも無理からぬところか。


 ――なに? ここらへん、またお墓が増えたのか?


 はは、ご名答だ。

 うちの子も、こーちゃんが来ない間にそれなりに大きくなったが、相変わらずお墓を作るのが気に入っているみたいでさ。

 道端とかで虫の死骸とか見つけると、石や木の枝でもって塚や墓を作っていくんだよ。ひとつひとつは、あまり大きくないんだけどね。

 昔に「お墓を作ってあげると、死んだものが天国に行ける」と教えたことがあったけれど、まさかここまで続くとは思わなかったよ。

あの子がいま、本当に死んだものを救おうとしているのか、それとも習慣化してしまったことをひたすら続けているのかは、わからないけれどね。

反抗期なのか、自分のやることなすことに、親が突っ込むのをうっとおしがってくるから聞けていない。私も一度通った道だし、気持ちも分からなくもない。

 周りにどう思われても、自分のやりたいようにやっていく。いつの世代も、ふとした拍子に首をもたげる考えだ。

 原因は熱病か魔が差したのか、何かしらの引力か。

 私の昔の話なんだが、聞いてみないかい?


 あの子のやる、墓づくりは私も小さい頃によくやったものだ。

 観察できる範囲はまだまだ狭く、ゆえにそこへ存在するものひとつひとつが大きなウェイトを占めていた。

 それが小さい虫たちの命であっても同じ。私は故意と過失を問わず、人やそれが生み出した被害の犠牲者と思しき遺体を見かけると、そばの土へ埋めてやったものだ。

 しかし、私の場合は仕事がそこで終わらない。

 亡くなってから魂が天国へ行くには、相応の時間がかかると聞いたことがあったからだ。その間で誰かにちょっかいを出されては亡くなったものも浮かばれないだろう。


 そこで私はお墓を作ったら、しばらくの間は墓守としてその場にとどまることにしたんだ。

 人は亡くなると49日はこの世にとどまるという。それを虫で換算するとどうなるか。

 仮に大人を60キロとみる。虫たちの正確な重さは知らないが、ウサギとかチャボとかのレベルの虫には出くわしたことがないから、まさか1キロも重くあるまい。

 せいぜい100グラム……いや、10グラムくらいか? もっと軽いもの、重いものもいるだろうが大盤振る舞い? で10グラム統一だ。

 そうすると、おおよそ6000分の1くらいの時間だから……と電卓をたたいて行って、11分ちょいと計算が出た。

 人が49日なら、虫は11分。その11分の間、自分は墓を守る人となるのだ。

 自分勝手な墓守、誕生の瞬間であった。


 墓守といったら槍とかだろうと、イメージから長い枝などを手に、作った墓の近くで直立不動。11分間をそこから動かずに過ごすんだ。

 ときどき知った顔が通りかかって、何をしているかを尋ねてくることもあるから、「ここは『ありんこごろう』のお墓。ただいまお休み中なのでごえんりょいただきとうござる」といった形で、ひと昔前のご老人の真似っこ。

 そう聞けば、大人たちは「ああ、そういう『ごっこ遊び』ね」と察して、適当な相づちをしながら去っていく。

 おもしろがる相手なら、ありんこごろうなどの虫たちの経歴を尋ねてきたりとノリがいいから、即興でいろいろな背景や生き様をでっちあげて、会話をつないでいったなあ。

 そうして11分が過ぎると、かっきりお役目を終了。普段通りの生活へ戻っていくわけだ。



 時間にゆとりのある、子供ならではの遊びだった。

 それでも同じ場所にたたずみながら周りを観察するのは楽しかったし、まれに尋ねられる故人ならぬ、故虫の生涯を考えながらよどみなく受け答えするのも頭の体操になった。

 なかなか気に入っていたんだが、そのうち奇妙な体験をするようになってね。それをきっかけに少しずつ控えるようになってしまったんだ。

 今もよく覚えている。夏休みのお盆の入りだったな。


 夏場は力尽きたセミたちが、私の埋葬を必要としてくれている。

 その日は未舗装の、砂利むき出しの駐車場の隅に、倒れている姿を確認。木の枝などで軽くこづき、反応がないのを見て検死を完了。せっせと遺体のそばに穴を掘り始めた。

 指でつまめるほどの大きさだ。土葬にさほど時間はかからない。

 いつも身に着けている腕時計へ目をやり、カウントを開始する。

 こいつを取り巻く腕の肌は、小麦色に日焼けしていて、いざ取り外したときの肌の色とギャップが大きい。年々、日差しが強くなっているんじゃないかと思ったね。

 駐車場は月極だったが、停車している数は少ない。駐車のラインにかからない場所を選んだが、もし車がやってきたら気をつけないとな……と、ぼんやり考えていたところへ。

 

「もし、こちらはどなたのお墓ですか」


 声をかけられた。

 ふと目を向けると、駐車場の入口をふさぐようにして立つのは、ブラウンの布をかぶって顔と体のほとんどを隠し、背中を丸めた御仁が立っている。

 声のころからして50代前後といったところか。身にまとう布は、薄いものではなく掛布団に使う毛布を思わせる厚手のもの。

 この暑い中、ファッションとは考えづらい。私のように「ごっこ遊び」をしているがゆえの格好と考えた方が、まだ納得がいく。


「へえ、こちら『せみのさぶろう』様のお墓でございます」


 いつもの墓守気取りで返答したところ、毛布の御仁は「まあ」と驚きの声をあげる。


「まさか、さぶろう様のお墓がここに出来上がっていらっしゃったなんて。先ほど注文いたしたばかりだというのに、お仕事がお早いのですね」


「注文……?」


 そこまで本格的に手を広げたつもりはない。

 しかし御仁はこちらのつぶやきなど、耳に入っていないかのよう。


「ええ、ええ。これほどの広さがあるのですもの、まず及第といったところでしょう。

 願わくばそらに欲しいところでしたが、地上もまたよろしゅうございます。すぐお運びいたしますので、くれぐれもお頼みいたします」


「あの、話がちっとも」


 抗議の声をあげかけたところで、「ぽすん」と声とは別に耳を叩く音。

 見ると、私の立つ足元。そのすぐ脇の地面に真新しい穴が開いている。親指をようやく突っ込めるかというサイズのその穴は、底を見通せないほど深かった。

 なにか、相当硬いものが高いところから落ちてきたのだろうか……。


 気づくと、毛布の御仁は足音を立てることなく、いなくなっていた。

 代わりに、この駐車場のそこかしこに、同じように音を立てて無数の穴ができていく。

 まばらな雨のようだったけれど、私に直撃するものはひとつもない。怪しんで、音の出どころを追うと、いずれも深々としていて何が降ってきたかはうかがい知れない。

 穴を数えに数え、3桁にも及んだだろうか。腕時計にセットしていたアラームが鳴る。


 墓守業務、終了の合図。

 それが耳に入ったのは私だけでないのか、あの音立てて穴を開ける物体たちの飛来も、ぴたりと止んでしまう。

 あの不可解な格好の女性といい、子供の私でも鳥肌が立ってきたな。さっさと家に逃げ帰ってしまった。

 あの穴のことは誰にも話さずにいたが、私はまた彼女に出くわしたら……と思うと墓守仕事には及び腰になり、少しずつ遠ざかって行ってしまったよ。


 やがて、今年何度目かになる台風の折り。

 ざんざか降った雨によって、ところどころの地面に大きな水たまりができ、あの駐車場も例外ではなかったらしい。

 通りかかった人によると、そのできあがった水たまりにはいずれも、セミの死骸が複数浮かんでいたとのことだ。

 聞いて私は、あのお墓としたところに、いろいろな世界の「せみのさぶろう」が葬られていったのではないかと思うんだよ。


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