12
「な、なんのことやら」
僕は魔剣を胸の前で抱きしめる。
「こ、この剣は、教材カタログを見て、決めて、購入したやつで」
怖くて、つい顔を背けてしまった。
怒鳴り散らすクレーマー客より怖いって、どういうこと?!
「違うよ」
僕の言葉を、エレインさんはバッサリと切って捨てた。
「私にはわかる。
それは、本物の魔剣。
偽物かと思ったけど、違う」
エレインさんは足を元に戻して、続ける。
「ねぇ、どうして貴方なんかがそれを持ってるの?」
貴方、なんか。
そうだよねぇ、そうなるよね。
エレインさんは、僕が人間だとは知らない。
でもこう判断するのには、もちろん理由がある。
僕は、小学校中学校とそうだったけれど運動神経が悪い。
普通の走り込みでは、ビリ。
球技だと顔にボールを受ける。
座学だと、覚えが悪すぎて当てられても答えられない。
リュークの言う落ちこぼれに相当する。
家庭教師を務めてくれているティオさんも、内心では嘆いているに違いない。
「…………っ」
僕は、答えられない。
良い言い訳が出てこない。
教材用だと言い張ればいい。
それは、わかってる。
でも、彼女は見抜いてる。
確信を持って、僕に聞いている。
下手な嘘をつけば、殴られるかもしれない。
それこそ、殺されるかもしれない。
彼女は暗殺をしてくるかもしれない家の子だ。
そして、魔王になるために生きてきた子だ。
彼女の色んな噂話を聞いた。
彼女の色んな武勇伝を聞いた。
聞けば聞くほど、彼女こそが魔王になるのに一番近かったことがわかった。
僕は、彼女の手を見た。
剣ダコと傷がある。
決して綺麗な令嬢の手ではなかった。
僕が答えないでいると、エレインさんは僕の右手の甲をふと見た。
そして、抱えていた魔剣から右手を無理やり剥がされる。
「え、ちょ、や、やだ!!」
僕は、彼女の手を払おうとする。
でも、彼女はビクともしない。
彼女は淡々と、僕の右手に巻かれた包帯に触れた。
マズイ。
まずいまずいまずいまずい!!!!
「や、やめっ!!」
僕が言うより先に、彼女が包帯を解く。
ハラり、と包帯が落ちていく。
そして現れたのは、
「……魔王紋」
エレインさんが、呆然と呟くのが聞こえた。
そして、悲しみと絶望で彼女の顔がくしゃくしゃに歪む。
それだけでわかった。
彼女は本当に魔王になりたかったのだ。
その夢が絶たれた。
この紋章は、そんな事実を彼女へ叩きつけるのに十分だった。
「どうして、なんで、なんで貴方なんかが!!」
胸ぐらを掴まれる。
睨まれる。
彼女は拳を握った。
そして、その拳が僕へ向かってくる。
僕は、目をつぶって衝撃に耐えようとする。
ドカッと、横から壁を殴った音がした。
恐る恐る目を開ける。
エレインさんの、怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった顔が真正面にあった。
彼女は僕ではなく、音の通り壁を殴っていた。
その拳を引っ込める。
そして、
「次の授業、私と模擬試合しなさい」
「へ?」
「貴方が魔王に相応しいか見てあげる」
「む、無理です!!」
「あら、それは私を倒せる自信があるということかしら?
そりゃそうよね、だって魔王紋が刻まれているのだから。
魔剣を抜いて、魔王に選ばれるほどの実力者ってことですものね」
ち、違う違う違う違う!!
話きいて、お姉さん?!
「そ、そうじゃなくて!!」
「あぁ、そうよね。
魔王様に対して、模擬試合は失礼ね。
貴方に決闘を申し入れるわ」
待って待って待って!!
本当に、ちょっと待って、止まって?!
ね、ちょっと止まろうお姉さん?!
「日にちは改めて知らせる。
こちらが申し込んだのだから、舞台は手配しておくわ」
そうじゃなくて!!
僕、初心者!!
剣だって、この数日で初めて握ったくらいだし!!
でも、僕がそれを伝える間もなく、彼女は去ってしまう。
僕は、ただ立っているしかできなかった。
やがて、気づいた。
魔王紋のこと、口止めをお願いしていなかった。