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逆棺桶を売る男

「今どこにいますか?」

 パソコンに、上司からそんな内容のメールが届いた。

 俺は、これはいよいよ部長が本気で怒っている証拠だなとピンとくる。

「はいはい、わかってますよ」と言いながら、俺は宇宙船を操作した。

 仕事先となる惑星の目星はとっくについていた。


 俺は目的の惑星に降り立ち、適当なところに宇宙船を停める。

 今時、宇宙港がない惑星も珍しい。

 俺は少し心配になりつつも、宇宙船の窓から外を見てみた。

 人がまばらに歩いており、空いている店も多い。

「のんきなもんだなあ」

 俺はそう呟いて、テレビをつける。

 ちょうどニュースが放送しており、ニュースキャスターがこう言った。

「巨大隕石の衝突まで、あと五日となりました」

 俺はコーヒーを淹れながらニュースキャスターの言葉に耳を傾ける。

「ですが心配はいりません。カイ様が守ってくださいます」

 ニュースキャスターはそう言うと、にっこりと微笑んだ。


 カイ様?

 この惑星の宗教だろうか。

 どちらにしても、この惑星がピンチなのにはやはり変わりないようだ。

 俺はそう思って立ち上がった。

 宇宙船には大量に小型シェルターが積んである。


 小型シェルターはうちの会社が今、売りこみに必死な商品だ。

 会社が、というよりは部長がこの小型シェルターを部下に売らせて、上の御機嫌取りをしたいだけなのだが。

 それは、まあいい。

 とにかく、この惑星は今、かなりヤバいことになっている。

 それならば異星人のセールスマンが、突然訪問販売で聞いたこともない会社のシェルターを売られたって、飛びついてくるに決まっているのだ。

 俺は早速、住宅街を歩き始めた。


「そんなものいらないよっ! カイ様を信じていないような人間は出ていきなっ!」

 一軒目は、中年女性が出てきて、俺が小型シェルターを売りに来たことを話すが早いか追い返された。

 おかしい。世界の終わりまであと五日だぞ。

 危機感はないのか。

 宗教に頼っている場合ではないだろう。


 俺の見た目が怪しく見えるならともかく、この惑星の連中とは見た目がそっくりなのだ。

 まさかここから遥か遠く離れた惑星から来たとは思うまい。

 じゃあ、なぜシェルターに食いつかないんだろうか。

 先に他の惑星のセールスマンが来たのかと思ったが、他の宇宙船は見ていない。

 こんな辺ぴなところならライバルはいないと踏んだから、気楽だったのだが。

  

 俺は新築らしい一軒家の前で足を止める。

 なんとなく若者が住んでいる気がした。

 シェルターなら若者のほうが話を聞いてくれそうだ。

 俺はその家を訪ねてみることにした。

 インターフォンを押すと、扉が開く。

 新しく見えるのに古い作りだ。

 先ほどの中年女性の家もそうだった。

 この惑星はあまり文明が進んでいないらしい。

 そりゃあ宇宙港どころかシェルターも知らないかもしれないな。

 俺はだんだん望み薄だと感じつつも、営業スマイルをつくる。


「はい。なんでしょう?」

 玄関のドアを開けたのは若い男性だった。

「突然、すみません。私共の会社の小型シェルターにご興味はありませんか?」

「小型シェルター」

「はい、そうです」

 俺の言葉に、男性は興味深そうな顔をしている。

 よし、これは手ごたえありだ。

 俺はサンプルとして持ってきた小型シェルターを男性に見せる。

「ジュラルミンケース、ですか?」

「そう見えますでしょう? 実はこれが小型シェルターなんです」

「へえええ」

「これをですね」

 俺が小型シェルターの側面のボタンを強く押す。

 すると、たちまちシェルターは広がり、人一人がようやく入れるくらいの縦長の箱になった。

 ちなみにわが社では『逆棺桶』と呼ばれている。

 棺桶みたいな形をしているが、これがあれば死なないからだ。

「この中に入れば、命は守られるんですか?」

 男性は驚いたように、逆棺桶ならぬ小型シェルターを色々な角度から見る。

「ええ、もちろんです」

「すごいなあ」

「お一つ、どうでしょう?」

「でも、今は必要ないからなあ」

 男性はそう言って、苦笑いをした。

 それからこうつけ加える。

「カイ様が守ってくだるしね」

 またカイ様、か。

 そもそもシェルターが必要ないはずがない。

 どでかい隕石がこの惑星に近づいているのは、俺も来る途中でこの目で見ている。

 だからこそ、この惑星に賭けたのだ。

 俺は自分の宇宙船で隕石衝突前に飛び立てば良いのだが、見たところ自家用宇宙船なんか見当たらない。

「それじゃあ、僕は仕事がありますので」

 男性はそう言うと、家の中に引っ込んでしまった。


 どういうことだ。

 中年女性だけじゃない。

 若い男性だって、いらないと言った。

 もしかして、助かるつもりはないのだろうか。

 口をそろえてカイ様という何だかわからない宗教の教えに従おうってのか。

 それとも、実は頑丈な地下室でも備え付けられているとか。

 そう思って、次の家で地下室はあるかと聞いたら「そんなものはない」と言われた。

 次の家にも地下室はなかった。

 それじゃあ、既に逃げるための宇宙船が用意されているとか?

 でも、逃げるなら逃げるで仕事なんかしている場合ではないはずだ。

 ただ、宇宙船に乗れるのが選ばれた人だけ、とかだったら、残って死ぬ運命の人もいる。

 それが今、家にいる人たちだとしたら、それこそシェルターを欲しがるだろう。

 信心深い一部の人が、カイ様がどうのと口にしたとしても、それでもやっぱりシェルターを購入する人がいないのはおかしい。

「どういうことなんだ」

 俺はぶつぶつと呟きつつ、何軒も何軒も家を回った。

 しかし、大抵はすぐに追い返されるだけだ。

 夕方になると俺は宇宙船にとぼとぼと戻った。


 宇宙船の窓から、車が走っていくのが見える。

 ガソリンで動く自動車なんて、祖父から話で聞いただけだった。

 まさかこの目で見る日が来るとは。

 それにしても、今日はほとんどの人が家にいたな。

 留守の家は二軒くらいだろうか。

 今日は月曜日で、この惑星も月曜から金曜日に働くスケジュールらしいから今日は平日。

 なぜ、みんな家にいたんだ。

 ここまで文明が進歩していないのに、すべての業務が在宅でできるとも思えない。

 むしろ各家に一台は車があったし、電車も走ってるのを見たから、通勤をしているはずだ。

 そこで俺は違和感を覚えた。

 ついでに寒気も覚えた。

 咳も出る。

 ここのところ疲れていたからなあ。

 まあ、一晩寝れば回復するだろう。

 明日から、またシェルターを売ればいい。


 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが神妙な面持ちでこう言った。

「おはようございます。隕石の衝突まであと一日になりました」

 俺はカレンダーを見て血の気が引いた。

 やっちまった……。

 体調不良が長引いて、気絶したように寝ていたらあれからもう三日も経っていたのだ。

 早くシェルターを売らなければ!

 いや、そろそろこの惑星を出ないと俺の命まで危ない。

 うん、そうだ。

 仕事より命優先。

 早くにここから脱出しないと。

 そう思っていると、ニュースキャスターが驚くべき発言をした。

「飛行機やヘリコプターでの移動は今日から規制が入ります。上空には特殊保護フィルターが貼られておりますのでご注意ください」

 特殊保護フィルター?

 なんだそれは?

 俺はそこで納得した。

 もしかして、それで隕石を防御しようってわけか。

 でも、そんなもんで大丈夫なのか?

 試しにこの惑星の歴史を調べてみる。

 なぜだかこの惑星はとても新しい。

 二十年前にこの辺りにできたばかり、と記されている。

 でも、新しい割には技術の進み方はおかしいが。

 

 俺は試しに外を歩いてみた。

 街には人の姿はまばらで、車も見かけない。

「あれ、この間の」

 そう声をかけてきたのは、若い男性だった。

 唯一、小型シェルターに興味を持ってくれたが必要ないと言った人物だ。

「こんにちは」

 俺は営業スマイルを貼りつけて挨拶を返した。

「まさかと思いますが、今日も仕事ですか?」

 男性の言葉に、俺は「ええ、まあ」と曖昧に頷く。

「ダメですよ。もう会社から出勤停止だって言われません?」

 男性はそこまで言うと続ける。

「僕は日用品の買い出しがあったんでしかたなく出たんですが、もう家にこもったほうがいいですよ」

「隕石なら、特殊保護フィルターが防ぐのでは?」

 俺の言葉に男性は目を丸くした。

「そんなわけないじゃないですか!」

「えっ、違うんですか?」

「さすがに巨大隕石をそれだけで防げないですよ」

「じゃあ、一体、どうやって……」

「もしかして、あなたこの惑星の人じゃないんですか?」

「ええ。そうです」

「へえ。別の惑星の人かあ。初めて見たなあ」

 男性は興味津々に俺を見た。

「初めて? 今じゃあ惑星間の移動は珍しくないでしょう」

「普通の惑星はそうだと思いますよ」

 男性はそう言うと、空を見上げて続ける。

「この惑星は、他の惑星と貿易や友好関係が結びにくいんですよ」

「それはどういう意味ですか?」

 そこで俺はハッとした。


 この惑星は二十年前にこの場所に突如として現れたのだ。

 それが、現れたのではなく、漂っていたのだとしたら?

 つまりこの惑星は、惑星ごと移動を繰り返している。


「二十年前も隕石が衝突するとかなんとかで、大騒ぎでしたよ」

 男性が遠くを見るようにして言うので、俺は聞いてみる。

「あの、この惑星、移動しているんですか?」

「はい。そうですよ」

「じゃあ、隕石が衝突してこの惑星は消滅するわけじゃないんですね」

「カイ様が守ってくださりますから」

「あの、カイ様ってのは一体なんですか?」

 俺の問いに、男性はこう言った。

「その様子だと、本当にこの惑星のことは何も知らないんですね」

「ええ、お恥ずかしながら」

「じゃあ、僕の家に一つ予備の席がありますので、それをつかってください」

「え? 予備?」

「飛び立つ時は危険ですから。あなたが宇宙船で来たとしても、やっぱり専用のシートのほうがいいですよ」

 男性はそう言うと、家に案内してくれた。


 男性の家はリビングがまるで宇宙船のようになっていた。

 いや、正確に言うならば大型宇宙船の客室のようになっている。

 専用のシートにシートベルト、壁には大きなモニターもついていた。

「僕は一人暮らしなので、予備の席はつかわないんです」

 男性はそう言うと、二つのシートのうちの一つを指さす。

「これ、まるで宇宙船ですね」

「宇宙船ですからね」

 男性があっけらかんと答える。

「えっ、この家が?」

「違いますよ、この惑星が宇宙船なんです」

「惑星が?!」

「ええ。ずっと移動していると燃料を食いますから、ある程度、落ち着いたら定住するんですがね」

「そして隕石がぶつかりそうになると、移動する、と」

「はい。まあ、もともとこの惑星は、昔の巨大な宇宙船を改造したものだそうですし」

「じゃあ、カイ様っていうのは……」

「この惑星の別名です。巨大宇宙船の頭文字を取った愛称なんですよ」

「なるほど……」 

 俺はそこまで話を聞き終えると、笑いだした。

 そりゃあシェルターなんか売れないわけだ。

 俺もとんだ惑星に飛び込んでしまったもんだよ。

「途中で燃料補給のためにステーションには寄るとは思いますよ。そこからならあなたも自分の惑星に帰れるでしょう」

 男性の言葉に、俺は答える。

「そこに着くまで、何日もかかりますよね」

「そうですね。仕事は大丈夫ですか?」

「いや、なに、もうこうなったら有給取りますよ」

「はは、そうなりますよね、しかし災難でしたねえ」

 男性の言葉に、俺は答える。 

「短い期間でも嫌な上司の顔を見なくて済むなら、むしろラッキーですよ」

 俺の言葉に、男性は「そりゃそうだ」と笑った。

 それから部長の『今どこにますか?』のメールに早速返事を打つ。


 

   私は今、巨大隕石が衝突寸前の惑星にいます。

   


 部長の驚いた顔を見られないのは、少し残念だ。

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