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第60話【閑話 アーリーとナナリー】

 ナオキがサナールで重症患者の治療を続けていた頃バグーダの町ではドレスで着飾ったナナリーが馬車の中でため息をついていた。


「はあ、今回もハズレばかりでしたわ」


 その日、ナナリーはバグーダの有力者の子息が集うパーティーへ参加した帰りで馬車から空に浮かぶ月を見ながら呟いた。


「《《あの人》》は私に若くて良い人がきっと見つかると断言して私の気持ちを受け取ってくれなかった。

 あの時は断られたショックのあまり頭が真っ白になってあれ以上理由を聞く事は出来なかったけどもう少し食い下がっておけば良かったのかしら」


 ナナリーは自分に自信が無かった頃には着ることの無かった首まわりの開いたドレスを身にまとい若き有力者の子息達との会話に才能を見出そうとしたが同年齢の男達は皆、女性を下に見て自分を良く見せようとするアクセサリーか若しくは他人に自慢する道具にしか見ていない事を知り落胆していた。


「やっぱり男は才能よね。

 お金は才能さえあれば幾らでも稼げるし、顔はすぐに見慣れるから清潔にさえしていれば問題はない。

 年齢は……」


 ナナリーの母は斡旋ギルドのギルドマスターを任させるほどのやり手で今までも数多くのギルド員を魅力し、数々の優れた実績を上げていた。

 そんな母を見て育ったナナリーは自分もいつかはギルドの頂点で指揮をとる人間になりたいと願っていた。


「せっかく良い人を見つけたと思ったのに……」


 ナナリーは実らなかった恋を思い出しながら家へと帰って行った。


「ただいま、ママ」


「あら、帰ったのね。

 その顔を見るからに今日も収穫は無かったようね。

 まあ、焦らなくて良いわよ。まだあなたは成人したばかりなんだから」


 帰宅したナナリーを優しく迎えるアーリーは珍しくワインを片手に書類に目を通していた。


「今日はどうしたの? 書類を見ながらお酒なんて……何かあったの?」


 着飾っていたドレスを脱いで普段着に着替えたナナリーは母のいつもと違う様子に違和感を覚えて問いかけた。


「ちょっとギルドの方がゴタゴタしてるだけだから心配しなくても大丈夫よ」


 アーリーは微笑みながら娘に答えたが、ふと思い出したように「あのくそオヤジどうしてくれようかしら」と小さく呟いていた。


「ママ本当に……」


「大丈夫?」と言いかけたナナリーの会話を切ってアーリーが話題を変えてきた。


「そう言えばギルドに来た商人から聞いたのだけど私達のアザを治療してくれた治癒士の事は覚えてるわよね。

 彼、今サナールで大規模な治療計画を実施してるそうよ。

 なんでも領都の薬師ギルドと対立した際に領主様の提案で薬で治療出来ない特別な怪我や病気を治してまわってるそうなの」


「えっ!? もしかしてあの治療方法を多くの領民に対してやってるの?」


 ナナリーはギルドの事も気になったが話がナオキの事になり意識が完全にそっちに振れた。


「まあ、それが彼のやり方(治療方法)だからそうなんでしょうね」


 ナナリーはナオキが不特定多数の女性患者の胸に触れている絵を想像して少しばかり不機嫌になる。


「それで? それが何か私に関係があるの?」


「直接は関係ないわ……今……はね」


「今……は?」


 アーリーの意味深な言い方にナナリーが食いつく。


「私が各地に放っている情報屋から詳しく裏を取ったら彼は領都を出る準備をしているそうよ。

 今やっている大規模な治療もそのための準備の一貫らしいの」


「それで? 彼は領都を出て何処に行くつもりなの?」


 ナナリーは前のめりになって母に問う。

 しかし、アーリーは首を左右に振り「まだ分からないわ」と答えた。


「普通に考えれば王都へ向かうのが一番可能性が高いのでしょうね」


「王都……か」


 アーロンド伯爵領は国全体からすると西の端に近い領地で王都に行くまでは2つの領地を越えて行かなければたどり着けない所に位置しており、バグーダは領都から見ると王都に行くならば必ず通る方向にある町だった。


「もしかしてバグーダに来る可能性がある?」


 ナナリーは期待を込めて母に尋ねる。


「正直、五分五分ってところね。

 あの時、一緒に居た受付と助手をしていた彼女を憶えてるかしら?

 後で調べたらあの娘はカルカルの出身だそうなの。

 だから、サナールを出たら一緒にカルカルへ帰る可能性も十分にあるわ」


 もともとカルカルで治癒士の仕事が成立しなかった事をアーリー達は知らないのでそう考えたのである。


「まあ、カルカルに行かれたら諦めるしか無いけどもしもバグーダに来る事があったら……何としてでもギルドに引き入れる策を講じるわよ」


 アーリーの意気込みに気圧されながらナナリーはあの治療をされた時の感覚を思い出して頬を赤くしながら「私も……今度こそは」と呟いた。


 今なお懸命に患者の治療にあたっているナオキとサポートに奔走ほんそうするリリスの苦労が密かに確定した瞬間だった。

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