5年
「...にゃぁ?」
もう開くはずが無いと思っていた瞼が開き、第一声にそんな声が聞こえた。
――― あれ?私は確か、事故にあって...
自分が死んだことを覚えているのもなんだか可笑しな話だが、私は、みゃちゃんを追いかけて事故にあった断片的な記憶を思い出す。
全身が悲鳴を上げたい程に痛くて痛くて。
だけど、みゃちゃんを救えた事が嬉しくて、私はみゃちゃんをひと撫ですると途絶える記憶。
何度思い出しても、同じところ終わるので、やはり私は死んだのだろう。
――― イヤ。なのに、なのになんで私は...っ
「にゃにゃにゃにゃんやにゃぁぁぁぁ(猫になってるんだぁぁぁぁ)」
私の転生生活1日目は、大絶叫から始まった。
*
*
*
そんなこんなで、早5年。
アリスは白兎を追いかけて、煌びやか不思議の国に行ったけれど
私は、白猫を追いかけて、閉鎖された国「 逃幻京」と呼ばれる遊郭にいた。
――― まァ、ここも煌びやかっちゃァ煌びやかなのだけど。
文字通り閉鎖された国。言葉どおり遊郭。
見掛けは子供だとはいえ、中身は正真正銘の大人。
某名探偵じゃなくたって、いくつか分かったことがある。
「あらあら、要約お目覚めですかァ...――― 子猫はん?」
「下っ端が良いご身分ですなァ」
「...そう煙を逆立てないでください。菊ノ姉さま」
「なにぶん猫なのでお許しください」
「猫は猫でも猫又だろ」
「アンタ、...何回このやり取りしたら気が済むんだい?」
呆れながら煙管をふかす事で、更に菊ノ姉さまの周りは煙たくなる。
わざとらしく「コホン」と咳を一度落とせば、ジロリと睨まれた。―――
この世界に人間はいない。
ここは、妖怪たちが住まう世界だ。
「すみません」
尻尾を下げる私は猫又。
「謝る前に仕度しな」
「もうすぐ花魁道中がはじまるよ」
「あの化け狐を冷やかしに行こう」
楽しそうに煙、基髪の毛を揺らす菊ノ姉様は煙々羅。
「本当に嫌味な方ですね。菊ノ姉さまは」
だけど、妖怪の世界だからといって、元の遊郭のイメージとはそんなに違いはない。...歴史でしかしらないけれど。
違いとはいえばここは男も売られる男女混合の遊郭であるということ。
私は、逃幻京で産まれて、このあまり性格が良くない菊ノ姉様に育てられた。
ガヤガヤ ―――
「今日は一段と賑わっていますね」
「さすが天ノ兄さまです」
「...アンタも嫌味な子だね」
「そらァあと三月で姉さまの禿になりますから」
「子は親を見て育つ。といいますでしょ?」
「はッ、本当にいい性格だねェ」
心地良い鈴の音。提灯が照らす暖かな光。
そこを、歩く汰夫と禿は揃いの着物を着ていて、見世物もいい事だけど、とても優雅で目を引く。
「...一年だ」
「え?」
「あと一年」
「アンタが私の子としてでは無く」
「禿として私についてこれたら」
「私がアンタをあの場所へ連れて行ってあげる」
「...だから、精々精進するんだね。―――
来ノ
「っ姉さま」
「い、いつまでも名無しのままじゃ面倒だろ!」
「今適当に思いついて言っただけだから」
「気に入らなかったら自分で考えるんだね!!」
「いえっこの名がいいです!!来ノがいいです!!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
そう何度もお礼を言う私から、姉様は恥ずかしかったのか、目を逸らして再び煙管を吹かす。
燈篭で照らされれば真っ赤い耳が見えて、手を伸ばしてみればおねだりだと勘違いした姉様が、私を抱き上げた。
「わぁっ」
高くなった目線は一段と綺麗で、花魁道中がよく見える。
――― ねぇ、姉様。
アナタは、あの人に憧れているみたいですが、私は、この場の誰よりも菊ノ姉様が美しく見えます。
それは、きっとこの先も変わりはしません。
アナタは、私の憧れだから。だから、私は、
今もこの名が誇らしいです。―――...菊ノ姉様。