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その辺の高校に入学し怠惰な青春を経て適当な専門学校で適当な生活を繰り返してる俺。バイトを終え貸切の電車に揺られながら、液晶の中の嫁を愛でる。
「今日も可愛いなぁ...可愛い可愛い...。」
誰も居ない車内で思わず独り言が漏れる。聞かれていないとはいえ少し恥ずかしくなり頬に熱を感じた。ガラ、と隣の車両から誰かが入ってきた。咄嗟にスマホをスリープししまい込む。その顔を伺うと、年端もいかない女の子のようだった。こちらの視線に気づいたのか、眉をひそめて睨まれた。俺が何をしたって言うんだ。ただこの時間帯に電車に乗っている少女を不審に思っただけだ。そうだ不審なのは俺じゃなくてこの少女じゃないか。自分に言い訳をしながらスマホの画面を開き直す。そうだよな、俺の嫁は画面の中だけに居るんだ。そんな簡単になびくわけないじゃないか。微笑んで嫁の顔を指で撫でる。...おかしいな、とふと思った。何故だろう前方から怪訝そうな視線を感じるぞ。恐る恐る見上げると、手があった。それは幼くも艶やかでシワがひとつも見当たらないというのにどこか曖昧な力を感じるような手だった。いや待て。なぜ手があるんだ。突如その手が顔を覆い視界は暗闇に沈み、顔中に熱を感じた。
「くぅあっ...!」
苦痛を言葉にしたような声が出て反射的に抵抗する。その手の腕に拳を叩きつけたり、蹴りを前方に入れたりした。だが手応えは全く感じなかった。スマホが床に落ちる音が耳に届く。理解を超えたこの状況を、俺は飲み込み始めた。あぁ、死ぬわコレ。徐々に全身の末端から力が抜けた。
しばらくしてどことなく浮遊感を感じ始めた。驚いてもがこうとしていると、目が開いていることに気づいた。目が開いてる感覚はするが何も見えない。何も映らない。死後は天国でも地獄でもなく虚無だという説を、無神論者の俺は信じていた。今になって、唐突にそれは証明されたというわけだ。
「何を言ってるんですか?」
かすれた気味の悪い声が聞こえる。
「失敬な! 神界が鳳声を何と心得える! 」
うるせぇうるせぇ。神は死んだ。死後は虚無って決まったんだよ。
「そう! 虚無だ! 輪廻の作用を待ち続ける空虚な亜空間! 」
あれ?誰と話してるんだ俺。
「私の存在を問うにあたって誰と尋ねるのは適切ではないのだよ青年! 僕達は多存在からなる神界そのもの! 」
ちょっと何を言っているのかわからないです。
「無理もないでしょう。あなたは死後4分18秒なのですから。」
いや、決して死んだ事への動揺によって理解力が及ばなくなっている訳では無い。本当に言葉の意味が分からないのだ。
「時間が無い。青年よ、選択の時だ。このまま輪廻を巡り続けるか、その生のまま数多の世界の内ひとつに肉体を現界させるか。」
なんだと。選ぶ? 何と何を?
「早くしてよーこの後予定あるんだけどー。」
落ち着いて考えろ。要は転生だろ? その生のままっていうのはどういう意味だ? 記憶は残るのか? 能力はどうなるんだ?
「はいじゅーきゅーはちなな...」
「あぁもう! うっせぇな! じっくり考えさせ...」
「青年よ、ゲームが好きなようだが...そうだな、剣と魔法の世界なんてどうだろうか。」
剣と魔法? ゲームみたいな?
「そうだ。お前好みに文明レベルは中世並にしてやろう。」
なるほど魅力的だ。あの画面の中に行けると言うのか。日頃夢見た冒険の絶えない世界が。仲間と魔王討伐を目指し王様直属の勇者となって旅に出る的な...。
「そう! そんな世界だ! 君が望む通りの世界が! 今眼前にあると申しておる! 」
「あの、今考え事してるので心読むの辞めてもらっていいですか。」
「我々にはそも心中とその他の区別という概念は無いのだ、それが故に発声器官を通した音波のやり取りなど非効率極まりな...いやそんなんどうでもいいんよ。時間無いって言ったじゃんね? 」
キャラがブレブレなんだよコイツ!
「もういいですー次で最後ですー。他はいくらでもいるんだからね。貴方の望む世界に行くの? 行かないの? 」
「...行く。ただし要求がある。」
「...言ってみ? 」
「俺に絶大な力...それも剣と魔法の両方に置いて...他者の追随を許さないほどの。」
「ふーん...おっけー。」
「軽ッ?! 」
「じゃあいい旅を〜! 」
「ちょっと待ってなんか説明とか無いのかよぉぉぉぉ! 」
遠のく意識の渦中で俺はまた、あの手を見た。