ドキドキ感は必要か
「本当に勇者が魔王城内の宝箱なんかにドキドキ感など持っているのでしょうか」
魔王城へ来る前に準備万端に整っているはずです。
「持っているに決まっている! 薬草ですら喜ぶ筈ぞよ」
……魔王城前の魔商店街で年末の大安売りをしています。
「それに、勇者のドキドキ感のためだけに宝箱の管理をするのは大変です」
一日がかりだった。何度か死にかけた。幾つか見落としているけれど見て見ぬふりをしたのは内緒だ。
「大変だからこそ、いざ勇者が来た時にその努力が報われ達成感が得られるのだ」
達成感って……勇者の? 私の? だったら今すぐ欲しいぞ達成感。今日も酷い目に遭ったのだから……。
「それほど予の言う事を疑うのなら、実際に女勇者にでも聞いてこればよいではないか」
「……え、今から行くのですか」
女勇者のいるポツンと一軒家へ今から? もう太陽は西に傾いているぞ。時計の針は5時を回っている。
「確実に残業になります」
――超過勤務労働です。超課金無労働とは別物です。
「それに、私には魔法が使えませぬ」
帰りたくても帰れません。迎えに来てくれる者もおりませぬ。自慢ではないがよく放置されるタイプなのだ。
「それならばこれを持っていくがよい」
魔王様がローブの袖のところから黒縁のメガネを取り出した。
「なんですか、これは」
「ウェアラブルメガネだ。これを装着していれば何時でも何処でも予と通信できる優れモノなのだ。帰りたくなったらそう呟くだけでよい。予に聞こえるのだ」
……ウェアラブルメガネ? アキバで買ったのだろうか。
「ですが、これってWi-Fi環境とかが必要なのではありませんか。冷や汗が出ますが……」
超小型のディスプレイとカメラが内蔵されているのだろう。黒縁が大きめのメガネだ。
……百均の老眼鏡のようにも見える。
「予の無限の魔力で通信できるから大丈夫だ」
……チートアイテムだぞ。魔王様って、ひょっとしてルーターなのでしょうか。
「ひょっとして……ロボ?」
魔王様はロボって……奥さんは魔女のようで面白いぞ。
「ロボでもボカロでもないわい! 日が落ちる前にさっさと行くがよい。瞬間移動――!」
「ちょっと待って下さい! まだ
使い方を教えてもらっていません!」
……目の前はすでに荒れた荒野だ。荒れた荒野って……アレだ、重言だ。
ウェアラブルメガネから魔王様の声なんか聞こえない。そもそも顔が無いからメガネなんか掛けられない……。ひょっとするとウケ狙いか嫌味で渡されたのだろうか……。おほくそ笑んでいる魔王様の顔が目に浮かぶ……。
喜ばれているのなら……光栄だ。
荒野に立つべニア板製のポツンと一軒家……女勇者の住んでいる小屋をノックした。
コンコンコン。
「え? ひょっとして、狐?」
ノックの音と狐の鳴き声をどうやったら聞き間違えるというのか――! 狐の鳴き声など聞いたことはないのだが。難しいぞ、オノマトペ。
「……狐ではない。デュラハンだ」
「え、デュラハン! ちょっと待って!」
ガタンガタンと小屋の中で音がする。慌てて……なにも支度することなどないであろうに。
否、女勇者とて年頃の娘。咄嗟には出られない訳の一つや二つくらいはあるのだろう……。
なぜかは分からないが……ここにはあまり来たくないのだ。……女勇者は魔王様の敵だし……、人気を持っていかれそうだし……、女子用鎧はくれないし……。
「どうぞ、夕食中で片付いてないけど」
「……いや、今日はここでいい」
テーブルの上の皿に乗った夕食が少し目に入った。……なにかモゾモゾ動いていた気がしたので咄嗟に目を逸らした。見ていない。私には何も見えていない――。
――そうだ、ナマコと思えばいいのだ。生きのいい生ナマコだったのだ――。海は遠いが生ナマコだ!
「女勇者よ、お前は宝箱って嬉しいか」
「えっ! なにかくれるの。……嬉しい」
「……」
「……」
手ぶらで来たのは失敗した。見つめないで……凄く気まずいから。
「すまない。そうではないのだ。今日は勇者側の意見を聞きにきただけなのだ」
「なーんだ。期待して損しちゃった。せっかく……新しい下着に着替えたのに」
――それっ! R15を脅かす問題発言がここに来るのを躊躇させている元凶~!
「鎧を着ていれば下着は何を付けていても同じだ。それに……」
「私の興味があるのは女子用鎧だけだ。でしょ」
「そうだ。いつも先に言ってくれて助かる」
人間の女に興味などないのだが……プイっと視線を逸らさないでくれ。やり辛い。
ツンデレされても効かぬのだ。そういった攻撃にも耐えられるように鍛えられているのだ。四天王の一人として……紳士の騎士として毅然と振舞わねばならないのだ。
「時には理性を失ったり欲望のままに行動したりすることも大切じゃない? 人生って」
「人生には必要かもしれない。だが我らは魔族。魔生には不要なのだ……」
「……」
「……」
だから、黙らないで。話が進まないから――!
いきさつを話した。今日一日酷い目に遭った愚痴も零した。
「お城や洞窟にでも、宝箱があったら嬉しいわ。でも嬉しい分、罠は酷いわ」
「だよねー」
冷や汗が出る。古過ぎる。ダヨネー! ダヨネー!
「レベルが上がれば罠って見破れるんでしょ」
罠を見破れるレベルか……都合のいいレベルだ。足の生えた宝箱はレベル1の勇者でも見破れると思うが。
「だが世の中、上には上がいるのだ。見破れるレベル以上の罠が仕掛けられていれば、引っ掛かるのだ」
パワハラで開けろと言われればレベルうんぬんの問題ではなくなる。見破るもへったくれもないのだ――!
「こわーい」
――その通り。
「無茶苦茶怖いのだ! 爆弾の罠が仕掛けられているのに開けなくてはならないのだ!」
共感してくれて嬉しいぞ――涙目になってしまう。
「だったら玉座の間に鍵を掛けて、その鍵を爆弾の仕掛けた宝箱に隠しておけば無敵じゃん」
「……無敵はあかんやろ」
ラスボスが無敵のRPGって……終わらんやろ。
もはやそれはチートではなく致命的なバグだ。むしろ鍵ではなく魔王様を宝箱の方へ閉じ込めたいぞ。言わないけれど。
女勇者なら普通にやろうとしそうだから……。
「それよりも女勇者よ」
「なあに」
「な」と「に」の間に「あ」を入れないで。
「魔王城の宝箱を開けることに対して、罪悪感はあるか」
「罪悪感?」
顎に人差し指をくっ付けて可愛らしく考え込まないで。人気が上がるから。私にはやろうと思ってもできない仕草だから――。
「うん。ないわ!」
「ないのか」
やはりな。とは言わない。
「ないない。だって本来魔族は人間の敵なんだし、敵の兵糧や必要物資を奪って戦いを優位にするのは大昔から戦いの基本じゃない」
「戦いの基本か……」
であれば魔王様は基本から大きく外れている。度返し甚だしい。
「では、友達の家の冷蔵庫はどうだ」
「友達はいないわ」
笑顔で答えるな。こちらも笑顔になってしまうわ。話が続かないわ。
「もしいたとしたら……友達が敵なら冷蔵庫を開けるわ」
「――!」
友達が敵って……それは友達じゃないぞ~。怖いぞ女子事情。そんな関係の友達の家に行くなと言いたい。
「魔王城の宝箱の中から綺麗なドレスやネックレスやコッペパンが出てきたら……どうしよう。嬉しいな」
目を輝かせる。女勇者も乙女なのを再認識させられる。
「綺麗なドレスやネックレスや……コッペパン?」
……それって、遠回しの催促なのだろうか。遠回しでなくドストレートのような気もする。テーブルの皿の上の夕食がモゾモゾ動いている。見たくなくても気配で分かる……。
「だが、それでドレスやネックレスやコッペパンを与えたのだから、魔王様が手下になれと言ってきたらどうするのだ」
断り辛くはないのか。
「なるなる!」
ズルっとなるぞ! まさかの即答。なっちゃダメだろ魔王様の手下なんかに――!
女勇者はラスボスに「予の手下になるのなら、世界の半分をやろう」と言われれば、やすやすと「はい」を選択するタイプなのだろうか。
「チッチッチ! 世界の半分なんか要らないからコッペパンを要求するわ」
チッチッチってやめて。コッペパンを要求しないで。
「次に来る時は持ってこよう」
「わーい」
喜んで抱き着くな! もし誰かが見ていたら誤解を招くから――!
「そうだ! 宝箱のことが知りたいのなら、北の洞窟にいる盗賊達に聞いてみたら?」
「盗賊達――!」
あの……胡散臭い四人組か……。モブキャラのクセに出過ぎだとクレームが来るかもしれない。
「盗賊達ならきっと、もっとたくさん宝箱の知識があるはずよ。だって、それが仕事だもん」
「……仕事だもんって」
それが仕事って、いいのだろうか。
盗賊って……魔族よりも悪者だぞ……。
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