宝箱総点検作業
魔王城内の一階から順に宝箱を調べていくことになった。
魔王城内には宝箱が何処に幾つ置いてあるかとか、中に何が入っているかとか、そういった管理リストなんて便利な物は一切ない。もし管理リストを作ったとしても誰かが勝手に宝箱を移動したり中の物をすり替えたりすれば管理なんてできやしない。
いっそうのこと、すべての宝箱に絶対に開かない鍵を掛けるか、溶接で蓋をくっ付けてしまいたい。オブジェで十分なのだ。
まず一つ目の宝箱を開けた途端、鼻を刺すような刺激臭が漂った――。
「クッーーさー!」
なんだコレは、臭くて目も開けられない――毒ガスの罠か! それとも液化アンモニアの罠か――! 冷や汗が出る。
直ぐに窓を開けて異臭を換気し、恐る恐る宝箱の中を二人で覗いてみる……。
「こ、これは!」
「食べさしのパン! メロンパンのような色と風合いになっていますが、元はコッペパン! いったい誰の仕業だ」
「勿体ない!」
「……ええ。たしかに勿体ないですが……」
それ以上に臭いです! グールとかスケルトンとかなら……食べるのかもしれない。同じように臭いから……。怒られるかもしれない。スメルハラスメントだ……。
火ばさみを使い、鼻を摘まんで持って来たゴミ袋へと移した。
「卿は、鼻ないやん」
――!
「……そうでした」
うっかりしていた。私は首から上が無い全身鎧のモンスターなのだ。当然だが目も耳も鼻もない。
「何を摘まんでおったのだ」
「……鼻の先っちょあたりでございます」
あまり深く突っ込まないでほしいぞ。返答に困るから……。
ゴミ箱化された宝箱を幾つか掃除し、代わりに薬草を入れていく。魔王城内の年末大掃除もしなくてはいけないというのに……。十二月は師走で忙しいはずなのに……。
当然だが、魔王様は宝箱を開ける役を絶対に代わってくれない。遠く離れて見守っている。
「早く開けるのだ」
「……」
そのくせ偉そうに指図されると、腹立つなあ。
――ちゅどーん!
「ぐぉおおおお――!」
目まぐるしい閃光と耳をつんざく爆発音に耳がキーンとなる! 誰だ! 魔王城内の宝箱に爆弾の罠を仕掛けたヤツは――得盛り火薬増量中かっ――!
「――大変だぞよ! デュラハンの首から上が吹っ飛んだぞよ――!」
「ひー! 首から上がないよ~! って、おい!」
知らない人が聞いたら滅茶苦茶怖ろしいシーンだぞ! 危うく労災だぞ。ヒヤリハットではすまされないぞ。重大ヒヤリだぞ……。
「危なかったです。まさかこれほどまで容赦ない爆弾の罠が仕掛けられているなんて」
宝箱の蓋が縦になって天井に突き刺さっている……。普通の人なら木端微塵になるところだぞ。もし勇者がこれを開けて首から上が弾け飛んでいたら……ホラーだぞ! トラウマだぞ! 虎なのだか馬なのだか分からないぞ――! 来年の干支は牛だぞ――! 漢字で「丑」って……冷や汗が出る。
「予ではないぞよ」
「私でもありません。ということはソーサラモナーでしょうか」
ソーサラモナーは怪しい物に興味があるからなあ……。
「スライムが開けなくて本当に良かったぞよ」
「ええ」
部屋の掃除が大変そうだ。
「デュラハンが開けて、本当に良かったぞよ」
「ええ」
ガクッとなる……やはりお前の仕業か。だったら味方殺し甚だしいぞ――。さすがは魔王様と称賛すべきか……血も涙もない。
「お前の血は何色だ――」と聞きたくなる。冷や汗が出る。
「たぶん、宝箱の姿をしたモンスターもいますよね」
「たぶんいる。いなければ読者が物足りないと言いよる」
「……」
冷や汗が出る。
「嫌だなあ……あれって、二枚貝の親戚でしょうか」
「……微妙。だったら砂抜きして火にかければ、パカッと開いて食べられるぞよ」
「食べたくはありません」
生牡蠣によく当たる体質なのです。生牡蠣は二度と食べないと心に誓っているのです。
「……」
よく見ると、この宝箱は汗をかいている。触ると……少し生温かい。鼻息まで聞こえてくる。
「怪しいですね」
「思いっきり怪しいぞよ」
「……」
「さらには、さっきから「……」って言っていますよ。この宝箱」
「開けないでおこうか」
「……!」
しばらく宝箱の前で座って待つことにした。今日も暇なのだ。
「――はやく開けてよ~!」
――急に宝箱がガバッと開き、ピョンとジャンプした。
「うわ、ビックリした!」
新種のビックリ箱か! 箱自体が飛んでどうする!
「自分から正体をバラしてどうする、我慢が足りんぞよこのバカチンが!」
「そうだぞ。もっと息を止めていられないのか。せめて10分!」
「息苦しくて窒息死します!」
呼吸しているんだ……宝箱のモンスターなのに。
「もう一回やってみよう」
「え? なんで」
「こんな宝箱のモンスターでは勇者にバレバレだ! もう一度だけチャンスをやるからさっさと蓋を閉じるがよい」
「……はい」
渋々蓋を閉じる……バタン。
「……スーハー」
耳を澄ませると微かに息が聞こえる……。1分くらいは止めい!
「オタマジャクシが屁をこいた」
「「――!」」
急に何を言い出すのだ魔王様。果たしてオタマジャクシは屁をこくのだろうか……。
「屁をこくのは坊さんではなかったでしょうか」
木魚のリズムに合わせてバレないように南無南無南無南無プップップップ……。
「プッ! ピチャ! 屁だけではなく身も出た」
「「――!」」
――魔王様らしからぬ凄くお下品なネタ! 身ってなに~!
「プープププ! プープププ!」
屁の音ではなく宝箱が笑っている……だめだこりゃ。
「失格! ひっくり返してやろう! デュラハンよ手を貸せい」
怖すぎるぞ魔王様。
「御意!」
「それだけはお許しを~!」
宝箱のモンスターをひっくり返したら……これ宝箱のモンスターですとバレバレになってしまう。誰も近づかない。裏側は足が出ている……。
――宝箱から足が生えている。3本? いや、2本――!
「もう一度だけ! 魔王様、もう一度だけお願いします! 私めにチャンスをください!」
「仕方ないのう。予は寛大だ」
「……」
自分で言うなと言いたい。
宝箱もどきはまた蓋を閉じて静かにする……。
「……」
「……」
部屋に静寂が訪れる。
「……」
「プープププ!」
――! まさかの思い出し笑い! 頭の中でオタマジャクシが屁をこいているの~?
「ププププ! もうダメだ!」
「失格! 地下の牢獄行き!」
――地下に牢獄なんてあったの――魔王城に!
「……別にいいっス。その方が開けてもらえるかもしれません」
「「……」」
まさかのポジティブシンキングだ……。
宝箱から足がニュッと生えて立ち上がったかと思うと、タッタッタッと警戒に走って部屋を出て行ってしまった。階段を一段飛ばしで降りていく身のこなし……。戦うとガチで強いタイプかもしれない。見た目以上に素早さそうだ。
「よかったのですか、あんなモンスターを城内に置いておいて」
気色悪いぞ物理的に。
「勇者も馬鹿ではあるまい。あんなに汗をかいて走り回る宝箱など開けようとはせぬだろう」
「御意」
夜、急に後ろから追い掛けてきたら……嫌だなあ。
男湯に浸かっていても……嫌だなあ。
物置に仕舞ってあっても……嫌だなあ。
ひょっとすると、可哀想なやつなのかもしれない。皆から嫌われていそうで……。
「魔王様、宝箱は必要だとしても罠は必要なのでしょうか。空っぽでも十分腹が立つのに、さらには爆発したり敵が現れたり腐ったパンが入ったりしていれば、勇者は怒り狂うこと疑いありません」
魔王城まで辿り着いて「薬草」とかが入っていても誰も喜ばないとは思いますが……。
「毒消し草」や「下痢し草」でも同じだとも思いますが……。
「時には痛手を受けるからこそのドキドキ感が、宝箱の最大の魅力なのだ」
「ドキドキ感が魅力ですと」
ギャンブルにも似たドキドキ感……負けると痛手をうけるドキドキ感……。
ギャンブルで負けると怒られるのに宝くじはハズレても怒られない理不尽感……。お年玉付き年賀状が1枚だけ当たった時の……面倒くさい感――! 冷や汗が出る。
「毎日、ポストを開ける時もドキドキするぞよ」
「……しませぬ」
ポストにドキドキって、なんだ。電気やガスの明細がクチャクチャになって入っていて、広げてみたら二万円突破していれば……別のドキドキがある。冷や汗が出る。使い過ぎていて……。
「あーっと! ポストに爆弾の罠が!」
「キャー! もう、爆弾はやめて!」
「静電気はどうじゃ」
「……それはそれで腹立ちます」
パチッ! くそっ!
そもそも、魔王城のポストには誰も投函しないではありませんか! 魔新聞もとっていない。……誰も読まないから。
なんとかすべての宝箱を点検し終え玉座の間へと戻ってきた。年に二回行っている消火器の点検よりも大変だった……。
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