魔王様、なぜ魔王城内に宝箱を置く?
「なぜとはなんだ。予が聞きたいわい」
予が聞きたいって……。
「魔王様がご存じなければ誰にも分かりませぬ」
「ウヌヌヌヌ」
「ここは魔王城です。魔王様が家主のようなもの。魔王様には説明する責任と義務がございます」
「では……今日からデュラハン城でいいぞよ」
宵闇のデュラハン城か……いい響きだ。
――んが、
「いりません」
「――断固拒否る? いりませんは酷いぞよ~」
耐震強度に不安がある城なんて……引き取りたくない。責任が増え冷や汗が出る。
「魔王様は小さい頃、『よその家の冷蔵庫を勝手に開けてはいけませんよ』と教えられませんでしたか」
宝箱もそれと同じです。よその家冷蔵庫≒宝箱です。
「予が小さい頃は冷蔵庫などなかった……。オール魔力化で、食材すべてを無限の魔力で冷やしておった」
「……」
――オール魔力化ってなんだ。冷や汗がでるぞ。最強のチート魔法じゃないのか。電気代もガス代も、ひょっとすると水道代も通信費もかからない。
冷蔵庫が無ければ……話にならない。
「では、もし私と魔王様二人で人間界の国王の城へ行ったとします。その時に片っ端から私が城の宝箱を開けて歩き回れば魔王様は恥ずかしくないですか」
すべての宝箱ですよ。さらには「また薬草か。チッ、国王の城なのにつまらない物しか入ってないなあ」と言いたい放題ですよ。場合によっては持ちきれないから薬草を捨てますよ。食べもしません、苦いから。
「キャー」
キャーと叫んで顔を隠さないで頂きたい。女子高生か、それとも男子高生か――!
「魔族は躾ができていないと魔王様はお恥をおかきになりませぬか」
「なるなる! やめてやめて恥ずかしいから!」
片方の手で顔を隠しながらもう片方の手を振る仕草もやめて。こっちも恥ずかしいから。
「それと一緒でございます」
勇者が宝箱を開ける度に陰でコソコソ皮肉を言うのって……紳士のすることではない。美しくない。ざまあだ。
「そもそも、宝箱なんか置いておくから開けたくなるのです」
鶴の恩返しや「絶対に押すなよ」と同じです。ダチョウの恩返しです。
「それとも、魔族は駄目でも勇者は良いのですか、よその城の宝をネコババしても」
ずーるーい。
私だって女子用鎧が欲―しーい!
「ネコババって……。いや、たしかに卿の言う通り、普通は逆のような気がするぞよ」
「でしょでしょ。敵に塩を送るのですよ。塩化ナトリウムですよ。しょっぱくてたまりません」
魔王様も難しい顔をされる。
「これを機に、魔王城内の宝箱をすべて片付けてしまえばいいじゃないですか。他人の城の物を勝手に持ち帰ってはいけないでしょ」
誤った教育により、ネコババや万引きを助長してしまいます――。遠回しに宝箱のせいです。冷蔵庫のせいではありません。
「たしかにそうだ。だが、RPGや剣と魔法の世界ではよいのではないか」
「閣下は甘い! ハニーバンタム級にスイートで御座います!」
冷や汗が出る。
「閣下って誰――!」
玉座の間には魔王様と私の二人しかいないのだから、魔王様のことに決まっているだろう。
「もし、体育館倉庫の奥にピカピカの宝箱が置いてあれば、小学生や中学生……。ひょっとすると高校生や大学生でも見つけた途端に開けてしまいます!」
剣と魔法の世界やRPGの世界や中世ナーロッパの世界と現実の世界がごっちゃ混ぜになっている世代です。
「開ける。絶対に開けたい。予でも開けるぞよ」
「はいっ! そこで爆弾の罠です。ちゅどーん!」
体育館倉庫ごと跡形もなく吹き飛ぶ。
火薬の量が膨大であれば、体育館ごと吹き飛ぶ。
開けたのが魔王様なら、魔王様の顔は真っ黒コロスケだ。
「勝手によその宝箱を開けちゃいけないよって、……よい教訓になることでしょう」
それ以後、絶対に宝箱を開けないでしょう。開けられないでしょう……。
「――爆弾の罠はやり過ぎぞよ! せめて爆竹程度の火薬の量にしなければ滅茶苦茶怖ろしいぞよ! 警察と自衛隊が飛んでくるぞ~よ!」
「いいえ、近場ならピンク色ナンバープレートのスクーターで走って来ます。飛んではきません」
「ウヌヌヌヌ……リアルぞよ」
「ゲームの世界で日常的に宝箱が置かれているせいで現実社会にまで悪影響が及ぶのです。好奇心を煽る宝箱など、今すぐ置くのを止めた方がいいでしょう」
宝箱の管理をする方の身にもなって欲しい。爆弾の罠は設置するのも怖い。どこに設置したかを忘れると酷い目にある。冷や汗が出る。
空っぽの宝箱が、じつは不発弾宝箱だったら……処理をするのも怖い。魔王城内には百年以上放置された宝箱もあるのだ。
「だが……やっぱり駄目だ」
……駄目とおっしゃるのか。
「ほほう」
「予は、魔王城に宝箱を設置し、皆の心を満たしてやりたいのだ」
皆の心を満たしたいですと――?
「であれば魔王様、なぜゆえに『伝説の剣』とか『伝説の盾』とか『伝説のパンスト』とか、勇者や人間が欲しがる物ばかり入れてあるのですか」
「――!」
「絶対におかしいです」
特に伝説のパンスト! どんな特殊効果があるのか興味津々だ――! 1デニールは糸九千メートルが1グラムって単位だ――冷や汗が出る。全身鎧だからパンストは穿けない。穿けば伝線する。
伝説のパンストが伝線のパンストになってしまう――。
「……」
「せめて喜ぶ物を入れたいとおっしゃるのなら、スライムが好きな紙パックのオレンジジュースや、サイクロプトロールが好きな味無し大袋プロテインとか、サッキュバスが好きな後ろが紐のやつとか、女子用鎧とかウエスとか……もっと身内が喜ぶものを入れて下さい」
「すぐなくなるやん」
呆れ顔の魔王様にハッとする。その通りだ。
「……否定はできません」
魔王様が女子用鎧を宝箱に入れるや否や開けて持ち帰りたい。鍵が掛かっていてもなんとかこじ開ける自信がある。裏の蝶番をドライバーで緩めたり、たがねを差し込んでガンガン砕いたりして、なんとか開けて見せる!
「……やっていることが盗賊だぞよ」
――はうっ。
「目的のために手段は選ばないタイプ……と呼んで頂きたい」
私は危険なタイプではない。安全に配慮したタイプだ。
「勇者がせっかく魔王城に辿り着けたとき、何もなければ寂しかろう」
「寂しい?」
ちょっと待って。今日も頭が痛くなってきたぞ。勇者が寂しいってなんだ。
「魔王城にまで勇者が攻めて来ている状況ですよね」
言わば危機的状況ですよね。
「うん。魔王城に辿り着いた時点で勇者はまだまだ弱いが、城内をくまなく探してパワーアップし、ようやく魔王に勝ててこそ達成感があるのだ」
「勝ててどうする――!」
――あんた魔王だろ! 勇者側になって考えてどーする! いっそうのこと達成感になってしまえと言いたいぞ!
「いきなりラスボスを倒せても楽しくないであろう」
「……」
あくまでも他人事で貫き通す魔王様は……どっちの味方だ。
「先に攻略動画をガッツリ見ておいても同じこと。ラスボスが楽勝ではつまらぬはずだ」
「楽勝でもつまります。楽しいです」
俺TUEEEです。最近の若者はラスボスが一撃で倒せても快楽を得られるのです。
――ゲームクリアーする動画を見ているだけで快楽を得られるのです――。
「その根底はなんだと思う」
「えっ」
突然の魔王様の質問に戸惑ってしまう。……根底? 大根の葉っぱは美味しいが……。
「さあ。自分でクリアーしなくても達成感が得られるのでしょう」
エンディングのムービーが見られるとか。
すると魔王様は玉座から立ち上がり両手を大きく上にあげた。ちょうどラジオ体操第一の第四運動、大きく胸を逸らす運動の姿だ――。
「世に膨大に溢れる情報量に対し自分のできることの少なさに例えようのない劣等感を抱いてしまっているのだ――!」
――例えようのない劣等感!
「よろしいのですか。そんな根も葉も根拠もない話をして」
根も葉もない大根は、もはや大根ではありませぬぞ。
「よい。小さい頃の予がそうであった。おもちゃ屋さんのカラーの広告を眺め、ハサミで切り抜いて集め、自分の物にし達成感を得ていたのだ――」
「泣けます」
「誰も買ってはくれぬ。さらにはおもちゃ屋さんまで車で……いや、馬車で1時間は掛かった」
「……心中、お察しいたします」
「であろう。だから、自分にはできないことを動画や広告を見ることにより達成感を得ているのだ。時代は繰り返しておるのだ」
繰り返していないと思う。玩具の広告を切り抜きする子供なんかいない。たぶん。言わないけれど。
「たとえ敵であっても、たとえ予の力に及ばず敗れ去る定めであっても、宝箱を開けた時、『うお、これスGEEE!』と喜ばせたいのだ」
スGEEEって……「スゲー」でいいだろう。読み間違えると「ゲス―」になる。冷や汗が出る。
「……そこまでお考えでしたか」
であればもはや私に言えることはない。
「だが、魔王城の宝箱には最近、変なものが入っておる」
「……そりゃそうでしょ。空っぽの宝箱なんてゴミ箱同然です」
ゴミの分別さえされていないでしょう。スライムや他のモンスターが悪戯していてもおかしくありません。
「そこでだ。もう一度魔王城内すべての宝箱を調査するのだ」
「――!」
嫌だ! ぜったいに嫌だ――! 後ずさりしてしまう。魔王様怖い。魔王様怖い。
「……私めがでしょうか」
キョロキョロ左右を見渡すが玉座の間には他に誰もいない。広い玉座の間に寒風が吹く。窓から雪が風と共に吹き込み大理石の冷たい床を流れる。
「他に誰がおるぞよ」
……絶対に逃げられない状況。であれば……。
「せめて魔王様もついてきてください。宝箱の中から……得体の知れない物が出てきそうで怖いです」
タンとかを吐き捨てていっぱい溜まっている宝箱もありそうです。
「宝箱にタン――! ブルル。予は……忙しいのだ!」
「嘘つけ!」
顔に暇と書いてある。と言いたい。
「予は……ほら、年賀状の裏側に一言書かなくてはならぬのだ。何もコメントが書いてない年賀状って……貰っても嬉しくないであろう」
嬉しいです。市販の物でも十分です。
「何枚ですか」
「……十枚」
「それくらいなら待っています。なんなら手伝います」
はよ書け。年が明けるぞ。
「……デュラハンの意地悪う」
「マッキーをお持ちいたします」
筆ペンは苦手でしょうから……。
読んでいただきありがとうございます!
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