【IRA・I】ソレ
結構投稿に時間がかかってしまった……
でも結構長いと思うのでご勘弁を……
クレイスの解雇を言い渡した後の会議スペースには怒号が飛び交っていた。
『いくら権限を持っているからと言っても限度があるでしょうラーフィス閣下!!』
『そうですぞ! あの力があれば我々の、本物の人間の血が流れずにすむかもしれないのですぞ!』
『私は以前からあの計画に賛同していました! 貴方が否定するだけで頓挫するそれがどれだけの損失か理解しているのですか!?』
飛び交う、と言ってもそのほとんどは画面の向こうに座る、彼に言わせれば無能へと落ちてしまった軍将校達から一方的に飛ばされているだけであり彼ーーーカーフィス・カルフォロスはというと……
「…………」
無言で一つの椅子に腰を下ろし画面に背をむけてしまっていた。その行動が彼らの怒号に拍車を掛けてしまっていることにカーフィスは気づいていなかった。それほどに、彼は今切羽詰まってしまっていた。
彼の思惑として、政府から何かしらの新たな化学兵器開発案が発案されており、既にそれは完成しているものだと思っていた。
その実力の思考の方向性に共感し期待したからこそ自分の手で軍に引き入れた彼に期待していたからこその期待。それが過度であったこと、そしてクレイスの素顔を見抜けていなかったことに自分自身が最も落胆している。
そしてクレイスこそがカーフィスにとって最後の切り札だった。
(勢力を集めるには時間がかかり過ぎる。ここの戦力だけでーーーそれでは足りないから召集をかけるように提案したんだろうが。やはりヴィリーブ山脈中腹の隊を半分召集してーーーいやしかし……)
一軍の将として兵の危険を最大限減らしながら、確実に勝利を治めることのできる作戦。
時間も武器も兵力も、全てが足りない中でどうすることが最善か、高速で思考を回し続ける。
ーーーと
ドンッ カツカツカツ…… ボス
それは、唐突に、なんの前触れも無く本当に唐突にそこに現れ、それが当然であるかのように会議用の椅子に腰を下ろしていた。『惚ける』という言葉を知ってはいるが実際に体感したことのないカーフィスの意識を初めて惚けさせたのだから、それは本当に彼らの意識の範囲に入ってこないほど自然体だったのだろう。
しかし、正常な意識はすぐに戻ってくる。
「ーーーーーー……!?」
瞬間的に臨戦態勢に入るのは流石に最前線で戦い続けてきた歴戦の将だけある。テーブルの裏に忍ばせてある拳銃に手をかけ腰を上げかけた刹那に、微妙な体勢で停止する。
(なっ……んーーーーーー)
正確には、一瞬のうちにテーブルの上で目の前まで急接近したソレによって額を人差し指で抑えられた為にそれ以上に動けなくなってしまったというのが正しい。
手を伸ばせば余裕で届く距離に接近され気づく。
ソレは普通の人間よりも大きく、基本の色が灰色の黒く汚れた包帯で全身をグルグル巻きにされており、体の節々では紅雷が迸っている。
ソレが接近してくる瞬間に部屋が赤く輝いたのはこのせいだろう。
ラーフィスに成す術は無く、無意識に歯軋りしながら一瞬たりとも気を抜かず体は一切動かさない。
(これは……一体なんなんだッ!? 何が目的だ……っ!?)
その大勢のままに数十秒が経過する。
ラーフィスの額を一粒の汗が溢れ落ちた時、ソレの体がピクリと反応し、刻印のような印のみの顔部分から一つの音がもれる。
『第二ーーーーーー』
「!?」
ソレはそれだけをこぼした後大きく跳躍し扉の前に立つ。
着地と同時にラーフィスは拳銃を抜き構える。
照準は寸分の狂いなくソレの心臓を意貫いている。
それなのに、幾度と引いてきた引き金があまりに重たい。
理由は、拳銃をむけた刹那から放たれる重層な殺気。濃密に重ねられ放たれる殺気は壁のようにソレの存在を認識する五感を鈍らせる。
結局ソレが部屋を後にするまでその引き金を引くことはかなわなかった……。
拳銃を下ろし息を吐きながら顔中から吹き出していた汗を拭う。
「くそっ……なんだったんだ一体……。おい君たち今のについて何かーーー」
一部始終を見ていたであろう画面の向こう側の将校達に振り返らず尋ねる。だが返答なく、少しを苛立ちを覚える。
まさか、画面越しであの殺意に気絶したのではないだろうな……?
ため息をつきながら背後へ振り返りーーーーーーラーフィスは戦慄した。
会議スペースのラーフィスの定位置、その背面には縦70センチ、横120センチの嵌め込み式モニターが存在しその性質上他の壁とは違い堅牢な作りになっているはずのそこが、跡形もなく吹き飛んでしまっているのだ。
(破砕する時の衝撃も音も何も感じなかった……だと……ッ)
誰が何の為にーーーなど、考えるまでもない。
犯人はあの存在に決まっている。
しかし、いつだ? 奴はいつこんな攻撃を行っていた? そんな素振り一度も……ーーー
「…………っ! 大丈夫……か」
アレはカーフィスの前にいた。その状態で攻撃を放っていればカーフィス自身にも何か大きな傷があるのではないかと全身を確認するが、目立った外傷はない。
一応安堵しホッと息をはき、胸をドン!と一度強く当てる。
(落ち着け……冷静さを欠けば行動が遅れる……行動が遅れれば多くの者が死ぬ。全て、俺の決断次第だぞ……)
未知の脅威に対して上がる鼓動。乱れる息を整えることで思考を整理し、落ち着ける。
(大丈夫。まだ奴が人型なだけマシじゃないか。あの時ほどの脅威じゃない)
瞳を閉じ自分の鼓動に意識を研ぎ澄まされていく。
彼にとってのルーティン。戦闘の前に必ず行い、だからこそ彼は今日この日まで生き延びてきた。
二度目の沈黙に包まれていた鍵スペースにドタドタと凄い勢いの荒々しい足音が近づいてくる。
「おわっ!? 何だこれ!?」
部屋に飛び込んでくるなりそんな声を上げる若い隊員。
「落ち着けシウン、どうした?」
カーフィスの直属部隊に最近入隊し連絡役を任せられているシウン・ケラー。自分の上司の部屋がこんな有様では無理もない反応だ。しかしカーフィスの声に弾かれたように背筋を伸ばし敬礼する。
「はっ! 軍基地内に未確認生物が進入しました!!」
「それは知っている。被害は? どこをやられた?」
「それがーーー」
クレイスが丁度解雇を言い渡され軍を後にしようとしていた時、黄泉沼前線壕。
「…………」
一人の老兵ともう一人、新兵が双眼鏡を覗きその場所を監視していた。
老兵の方は双眼鏡を首に掛けているだけで覗く気がなく、タバコをふかしている。
「あの、モルボスさん。こんな時にタバコはやめてくれませんか? 煙で見えずらくなるんですが……」
「わケェなあ坊ちゃんよー。今しかねえんだよ、吸う暇なんてよー」
「……やはり出てくるんでしょうか、その……ドラゴンのようなモノが……」
「さぁねぇー、そりゃあ神のみぞ知るっちゅーやつだわなー」
振り返った新兵の顔には恐怖が明確に刻まれていた。
タバコを咥えたままにモルボス・ラムルス兵長は視線を沼の方へとやる。
「上の奴らはかなり慌ててるなあー、そのせいで心配なんだろー? 安心しろーい、あんな地獄がそう何回もあって溜まるかってーの」
「……ですよね。今回はただちょっと波だっただけってことですよね」
「気楽にイコーやー」
「はい!」
新兵はある程度恐怖が薄らいだのか笑顔でまた振り返り監視に戻った。
その簡単な思考に苦笑を浮かべながらタバコを捨て踏み潰す。
ーーー流れるように壕の土壁に立てかけてあったAKを取り構えるーーー背後に向けて。
「敵襲! 敵襲ー!!」
彼の声に壕にいた全員が後ろを振り向く。
そう、彼は、彼だけは気づいていた。あの地獄の湖面が重力に反し一滴の滴が空中に跳ねたことを。波紋が不自然に全体に広がっていたことを。あの時、あの地獄の始まりを告げる現象と同じことが生じていたことを彼は理解し認識してしまったのだ。
そして、それはそこにいた。
堂々とモルボスの後ろに仁王立ちしていた。
全身を灰色を基本とした色の黒く汚れた包帯に包まれ体の至る所に紅雷を纏った人型のそれは、立っていた。
銃口を向けてから彼はかなりの後悔を抱いていた。
(叫ぶ前に撃つべきだっか……っ)
銃口を向けるまではよかった。
あの脅威を知っている者として即撃つべきだった。
(アレは、容易く手のだせるモノじゃない!)
他の奴らはどうやら固まってしまっているようだ。
仕方がない、最近の軍の人材不足は重度の問題でこの壕にいる八割は経験の浅い新兵。
だがそれが功を奏している。
アレに下手に手を出せば確実に死が向かってくる。
(だからこれは俺の仕事だーな)
AKを構えたまま壕を出る。一歩、二歩、三歩ソレに近づき様子を伺う。
(何だこれは……人?……じゃねぇよなー……だが形はどう見ても……)
足先から頭へと全身を視認しようと視線を動かした刹那、ソレの腕が動こうとする動作が生じた。
長年の経験からモルボスもそういう動作に敏感であり反応した。
引き金を引き瞬間的に10発の鉄の弾がソレの背に向けて飛んでいく。そして奴が倒れるところまで具体的に頭の中でイメージしマゼルフラッシュが起こる刹那にーーー銃が弾け飛んだ。
衝撃により吹き飛ばされるモルボス。三歩詰めた距離が一瞬でゼロになる。
(何だ!? 急に銃が暴発した!?)
強く打ち付けられた背中に少し痛みを感じつつも何とか上体を起こし、さっきまで自分が立っていた場所をみる。
地面に散らばるAKの残骸。
その上に伸びてきているあの黒い包帯。
包帯の先からは煙が上がっており、そのおかげで何となく状況は掴めた。
恐らくあの包帯が銃口を包み込み上方へと向けたのだろう。弾は放たれることなく内側で行き場を失ったエネルギーが暴発、その衝撃が銃を破壊しモルボスは吹き飛ばされた。
(まずったか……)
残りの武器は腰のベルトに備えている手榴弾とナイフのみ。
(接近戦でアレに勝てってー? 無理に決まってらーな)
爆発の煙が晴れはじめて気づく。ソレはこちらに一切見向きもせず今の攻撃?を成したことを。
後退か、特攻か、今人生の岐路に立たされた一人の軍人は、狂ったような笑みを浮かべる立ち上がる。
(まともに戦って勝てねぇなら、命もろとも燃やすしかねーなぁ)
左手に手榴弾を持ちピンに指をかける。
最後に、後ろのさっきまで話していた新兵に視線をやる。
さっき以上の恐怖が彼の表情を埋め尽くし青白くなっている。他の新兵も似たような状態にあるようだ。
最後に、上官らしいことをするかと脅威をしっかりと見据えて叫ぶ。
「小童奴も! よーく見とけ!! こいつがどれ程の脅威かを!! そして俺の有志を!!」
「兵長……」
三度深く深呼吸しピンを引き抜くようにグッと力を込める。
自分の手で死のカウントダウンを始めるというのは、こんなにも恐ろしいことだったとは。
過去に存在した人間爆弾と呼ばれた特攻部隊に強制着任させられた子どもの気持ちが、今になってやっと痛いほど理解できてしまう。
意を決しピンを抜き走り出す。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
自身の覚悟が揺らがぬように、恐怖に震えその足が止まらぬように、雄叫びを上げながら駆ける。
一歩、また一歩進んでいくごとに彼の脳裏に記憶が蘇っていく。だが涙は無い。
(俺は満足な人生を歩いてきたー! 次は)
「託すぞテメェらあああああああああ!!」
走る勢いそのままに跳躍し手榴弾を掴んでいた左手を突き出す。
ソレとの距離は僅か10センチ。
あらん限りの覚悟と思念が光と共にーーー破壊の嵐が巻き起こる。