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【IRA・I】第二計画

特に書くことが……

惑星ディザルスターは大陸が5割、海が5割と半々の世界になっている。5割の大陸中で最も高いと呼ばれる山脈は三つ。

 最大の海と大陸を阻む年中雨と晴れが共生している特殊な山脈テオス。

 大海の中心に聳える大火山サタナ。

 大陸の中心に聳える大雪山ゼーラフ。

 その中の一つゼーラフの周りには大小様々な国家が存在しており、故にその山脈を制した国が周辺国家を制服するだろうと目されていた。



 ゼーラフの南方、その山脈をヴィリーブ山脈と現時点で一部を支配している国家の名を入れて呼ぶ国が存在する。

 国家の名はカーゼス共和制民主国家。

 しかしながら民主国家とは名ばかりの軍事国家である為、国内の雰囲気は真っ暗。

 真っ当な暮らしを享受できるのは軍人の将校のみであった。


「見て見て!お母さん」

「どうしたのシャンディ?」


 キッチンに立つ金髪をカールさせた長髪の主婦ヘイルは、食卓でお絵かきをしている娘に呼ばれ一度手を洗ってから振り向く。

 娘から差し出されたのはお絵かき用の画用紙。そこには子どもらしい絵柄で描かれた花の丘。白い花の絨毯の上に立つ3人の人物。

 娘のシャンディ、夫のクレイス、そしてヘイル自身。

 無邪気に笑って見せた娘が


「またピクニック行きたい!」


 と言うと、昔一度だけ行ったピクニックの記憶が蘇る。

 今の状況を理解できていない子どもだからこそ笑いながら言える真摯な願い。

 ヘイルは苦笑しこぼれそうになった涙を目尻で抑え、娘に強がりな笑みをむけて抱きしめる。


「ええ、そうね……。また行きましょう、3人で」

「うん! その時は生ハムのサンドイッチ作ってね! トマトは二枚で!」

「白パンで三角形のね。でも自分で作ってみるのもいいんじゃない?」

「確かに! 自分で作った方が美味しいって言うもんね!」

「じゃあ今日の晩ご飯手伝ってくれる?」

「うん! お父さんに美味しいご飯を食べさせてあげるために頑張る!」


 普通の家庭の普通の会話。この国で普通ではなくなってしまった会話。

 そんな一幕を演じる家庭の大黒柱は、国の西方境界に位置する軍事基地で仕事をしていた。



 クレイス・フォード・アイビスはこの国における生物学の権威であると共に、化学者としては初めて少将と同等の地位を与えられた者でもある。

 ゼーラフの西方には元々国が存在していた。しかし今は存在せず、あるモノが鎮座している。


「状況は?」


 基地の観測室に入るなり近くの隊員に尋ねる。


「はっ、明朝より発生しておりました不可侵(インヴァイロ)領域(ヴィリティスポット)原初の地“|黄泉(アンフェルノ)(パルス)”表面のゆらぎが次第に大きくなってきています。この波形はあの時と同様のものと考えられます」

「屍閽龍か……っ」

 10年前、彼がまだ軍に所属する以前の話。

 それまで一切の情報がなかった不可侵領域から突如として未確認生物が発生し三方へと飛び立った。その中の一体は彼らが占領していたゼーラフの一部を壊滅させそこに巣を作った。

 その巣は殲滅されたカーゼス軍の基地と軍人の死体によって形成されていた為、その逸話の存在とされていた龍は“屍閽龍(ラザル)”と名付けられ、隣国のヘイルネリスと共に特別討伐隊が組まれた。

 科学の兵器を用いて挑み続けること三年。数多の犠牲者を出しながら辛くも勝利したカーザス軍はその死骸を持ち帰り国内の研究所に分配し研究を依頼した。

 そこから生み出されたのが培養体“ブラッド・ソルジャー”の特殊特攻部隊。

 昨日そのプロトタイプが投入から一年でやっと結果を出したと言う報告で胸を撫で下ろした矢先にこれだ。


「……っ、将軍はどこに?」

「いつもの会議スペースに、各所の中将以上と中継で会議されておられるはずです」

「そっちの画面にこれ写せますか?」

「はい、五分程頂ければ」

「お願いします」


 それだけ言って観測室を出る。

 10年前の悲劇の再来かもしれない状況に軍基地内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 同建物内上階にある会議スペースには実際に十名、画面越しに四十名の将校が顔を合わせて会議を行っていた。ーーー行っていたはずだが……。


「「「…………」」」


 そこには沈黙が流れていた。

 会議が始まったのは1時間前、会議の議題はこの現象でもし()()()()()が生まれた場合の対処についてだが、現在将校となっている者は皆あの地獄を知っている者ばかり。誰一人として自分の保有する軍を動かそうと言い出す者など現れようはずもなく、硬直状態に陥っていた。

 コンコンと会議スペースの扉がノックされる。


「ようやく来たかーーー入れ!」


 キャスター付きの椅子から立ち上がり重厚かつ厳かな意匠の扉に向かって言う。

 外に立っていた近衛兵によって両側へと押し開けられたそこに立つクレイスは敬礼して直立していた。

 男が片手を上げるのを確認し、敬礼を解いて部屋の中へ三歩進む。


「よく来てくれたクレイス博士。事態は急を要する」

「承知しておりますラーフィス将軍」


 ラーフィス・カルフォロス大将。南端基地統括閣下であり、カーゼス国内にある軍基地のほぼ全ての実地統括長という最前線において最も地位の高い位置に座する軍人。

 熊のように大きく分厚い体躯と割れた顎、右目には名誉の古傷と眼帯があり逆立った髪には白髪が混ざっている老将として貫禄がひしひしと伝わる姿は目の前に立つ人を無自覚に緊張させる。

 クレイスは持っていた鞄を机に置き彼の隣、画面の前まで歩み出る。


「ここ数日のモニタリング情報を確認しましたが、この波長はあの悲劇の再来と見て間違いないかと思われます」

『なんということだ……』


 画面の向こうから無数の息を飲む声が聞こえてくる。


「これに対して皆様の意見をお聞きしたい」

「私から一つ提案をした。先日、君の人造人間特攻作戦により奪取に成功したヴィリーブ山脈中腹基地に駐在する部隊の半分、そして各基地から一個大隊ずつを召集するとな」

「ラーフィス将軍、確かにそれだけの勢力が必要だと私も理解しております。ただーーー」


 それだけの大勢力を集められれば太刀打ちできるかもしれない。しかし人や物資の移動の問題は戦争においても大きな問題と化しており、化学が他国よりも進んでいる国家でも解決されていない。もちろんそれはカーゼスにおいても同じであり、それはつまり


「君の懸念している通りだ。全ての勢力をここに集結するには2日掛かる」

「ーーーそれでは、それでは間に合いません!」

「分かっているさ。さらに言えば、そこの軍人達は椅子に座っているにも関わらず腰を抜かして軍の配備にさえ躊躇っている。つまり戦力が一切足りないのだよ」


 将軍から画面の中の将校達へ視線を移すと全員が視線を逸らして唇を噛んでいた。

 彼らだって軍人だ、国の為に奮い立ち国民を守るために自軍を戦場へと送り出さなければならない。

 しかし彼らも軍人である前に一人の人間。確実な死の待つ場所へと送り出すなど情が許すはずもない。

 ーーーって言えたらいいんだけど、多分この人達が渋る理由は軍を派遣して負けた時自分達の守りが薄くなることが心配なだけなんだろうなぁ。

 自分が所属する軍の小根の腐り具合に心中でため息を着きながら会議室のテーブルに持ってきていた鞄を置く。


「皆さんのご懸念は十分承知しております。あの恐怖の時、私も二十歳の若人として徴兵される覚悟を決めたことを今でもはっきりと覚えています。しかし終ぞ私たち研究者が徴兵されるまでには至らなかった。それは、あなた方が命を賭して兵を率いて下さったからであり、だからこそ此処に私がいます」


 その鞄は外見が普通の革製に作られているがその取手部分は機械のようになっており、一眼ではそれが指紋認証式の鍵になっているとは誰も気づかない。

 クレイスはダイヤルを回し、取手であり鍵を押し込む。

 すると漆黒の鞄の表面に刻まれている龍と雷のエンブレムの周りが円形に赤い光が灯り、一人でに開いた。

 鞄の中には実験室で使う血液サンプルを保管するための特殊な試験管が一本と注射器が一つ、そしてA4サイズの資料が一つだけ入っていた。


「その奮闘により、我々は何よりも得難い財産をえました。その恩恵を今、ここでこそ使うできでしょう」


 資料の方に手をかけ、将軍に差し出す。

 ただ一点を、この策で救える多くの命の未来を見据えて、差し出す。


屍閽龍(ラザル)細胞培養人体(ホムンクルス)実験セカンドモデルの試験作戦を提案します」


 資料にも書かれたこの実験。

 先週にヴィリーブ山脈敵要塞の防衛陣地を破壊する為に投入されたファーストモデルの人造人間実験は無事に成功を収めた。それに味を占めた政府は軍には内密にこの実験の次期計画を進めるよう打診してきた。

 軍に内密にしていたのは現場に軍を導入する指揮権を握るラーフィス将軍はあまりこの計画に賛同していないから。

 やはりと言うべきが、資料という名の計画書を一瞥するなり彼はかなり渋い顔を見せ受け取ろうとしなかった。


「……なんだこれは?」

「述べた通りです。あの作戦の続きです」

「…………」


 暫く逡巡し受け取らなかった将軍だが、無言でひったくるように受け取った。

 パラパラと捲り中身を確認する彼にクレイスはおずおずと説明していく。


「前回の作戦では一つの超時空的現象を起こすのに最低でも10人以上の血と魂を必要としました。しかし、今回の人造人間は一人での実行力に焦点を置き調整を行い、規模はあの大掛かりな事象よりも落ちますが一人の爆発力、爆弾としての能力はKL爆弾の非ではありません」

「一人の爆発力……か。それはあれか? この者達は生きた爆弾だと言いたいのか?」

「……そうか」


 資料を閉じたラーフィスは「ふぅ……」と一つ息を吐いた。資料を机に置き、そして


 パアン!!


 乾いた音が会議室内に響き渡る。クレイスの掛けていた眼鏡が「カンッ、カラン……」と地面に転がる。

 画面に映る将校の全員が驚きに目を見開きこちらの様子を注視している。

 クレイス自身はこうなるだろうと予想していた為歯を食いしばり衝撃に備えていた。


(ああ、やっぱりこうなった)

「ふざけるよ貴様!? 人造人間を物のように使うなとあの時言ったはずだ!! 貴様の耳は飾りか!?」

「いいえ、しっかりと聞いておりました。覚えておりました。それでも尚、この計画が必要だと判断し準備はしていました」

「そうか……、ならお前に自由な研究できるように軍人の地位を与えた私のミスだな」

「貴方には感謝しかありません。ただの研究者だった私にここまでの結果を出すことができたのは、間違いなく貴方がいたからです。ありがとう」

「お前をーーー実地統括長の権限によってお前を解雇する」


 静かに重く告げられたその言葉に、しかしやはりクレイスは分かっていたように穏やかだった。

 床に転がった眼鏡を広い、ラーフィスの置いた資料を鞄になおして部屋を後にする。

 最後、扉を出る直前で振り返り深く五秒お辞儀し、扉は閉ざされ軍と最高の化学者の関係は消えてしまった。



 南端基地を後にしたクレイスは正面の大通りでタクシーを広い乗り込む。

 運転手に「どちらまで?」と尋ねられ「政防官署に頼む」と伝えるとタクシーはすぐに走り出した。

 プルル…。

 彼の着るコートの胸ポケットの携帯が鳴り、クレイスはすぐに取り出し耳に押し当てる。


「どうだった?」

「予想通りでした。私は軍を追われ計画は行わない。ラーフィス閣下の判断です」

「あのお優しい奴なら当たり前か」

「おや? あなた方の推測では状況が状況だからのむかもしれないと言ってーーー」

「早速だが本題に行こう」


 聞かなかったことにしたいのかよ……。

 携帯の向こうの声のトーンが変わった事を察し茶化すのを止めこちらもトーンを変える。


「上はなんと?」

「今日18:00を持って第二計画を実行に移せ、とのことだ」

「ようやくですか」

「ああ、ようやくだ」


 クレイスは口を三日月型にしながら怪しく笑う。恐らく電話の向こう側の人物も同じような表情を浮かべている事だろう。

 その笑みをバックミラーで見た運転手が青ざめていたことからかなりヤバイ表情だったようだ。


「運搬はどうです?」

「暗部の列車を使って南部西方の街に設置する。お前も実際に見にいくか?」

「そうですね。そうしましょう」

「では手配しておく」

「お願いします」


 携帯をしまい、バックミラーでこちらをまだ窺うように見ていた運転手ににっこりと笑みを向けると、慌てて前方へと視線を戻していた。

 クレイスも外へ視線を移す。

 過ぎ去っていく南端基地を見ながら彼は小さく敬礼する。


(閣下、私は貴方のような優しい人間こそ上に立つべきだと思っています。今もそれは変わりません。貴方に力になってほしいと言われた時、本当に嬉しかったですよ。ただ貴方の側で働いて私は気づいてしまったんだ)


 ーーー基地の向こう側、あの死地で前線に立つ軍人達に向かって。


(優しさだけじゃ、大切な者は救えないってことに……ね)

ない

あ、次の投稿は来週の中あたりでーす

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