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【IRA・I】泥の女性

まさかプロローグ投稿から2日かかるとは……

自分の書くスピードのなさに少し凹みます……

という作者の愚痴は置いておいて二話の投稿になります!

ちょっと長いかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです!

太陽暦1688年、ディザルスターの大地はあいも変わらず戦火に燃え盛っていた。


「止まるな! 走り続けろ!」


雪積もるヴィリーブ山脈の中腹に作られた鉄格子のバリケードを飛び越えながら叫ぶ声に狼のような「応!」と返事が返る。

しかし、バリケードを飛び越えた者達のほどんどが山脈の上部に固定された銃座からの一斉放射により屍と化されていく。生き残った者達も仲間の死体を目の当たりにした刹那、思考を放棄し無我夢中で飛び込んでいき、また連続して放たれた鉛玉に穿たれ地に伏す。

それを一週間繰り返した10月10日。

一人の少年が、銃座のお膝元に仁王立ちしていた。

少年は振り返り、無残にも山脈の一部と化し始めた同胞の亡骸を視認し、グッと唇を噛む。

切れた唇から滴る流血が、純白の血を紅に染め、それは山脈の半分を染め上げた。

それは彼の血であり、彼らの血。

山脈に蓄積された怨念の込められた同胞達の血。

彼の意思に死して尚求められる役割に答える。


「みんな、借りるぞ……ッーーーはあああああああああ!!」


少年は龍の刻印が施された銀ナイフを抜き、一息に自身の腹部を貫く。

一点の曇さえみられなかったナイフの刃先に彼の血が付着し、滴る隙さえ与えず刃は全ての血を吸収すると共に自身を塗り上げていく。


「がっ……はあ、はあ!……」


全てが染まり上がるのを確認して震える手に力を込めて引き抜く。

だが、そこまでだ。

そこに至るまでに彼が受けた傷、見てきた死の数は常人ならば発狂し確実に壊れて当然と言えるほどのものだった。

だからそこで力尽きることを誰が咎められよう。

ーーー彼自身以外は。


(まだっだ……ッ!!)


落としかけたナイフを握り直し、寒さと血の欠乏によって擦れる感覚でナイフを振り上げ、台座の基部へと突き刺す。


「この身……この血もって……西方の大地に眠りし龍を呼び覚ますーーーーー【屍閽龍(ラザル)鉄雷砲(ヘクトラ)】」


台座は鋼鉄で出来ている。そこにただの銀の刃が刺さるはずがない。

しかしそれは、ショートケーキを切るかの如くすんなりと柔らかな感触で刃は突き立てられた。

それだけだ。

ただただ小さな刃が巨大な力の一部に牙をたてたのみ。

世の理に従えばそんなものは蟻が象の足に噛みついたようなもの。噛みつかれた方は一切の傷を負わず傷を負ったことにすら気づかない。

その世の理を覆すもの、いや破壊するものと言うべき存在が屍閽龍。

人柱1101人を犠牲に起こす現実破壊事象。

紅から赤褐色へとうつりつつあるナイフに赤色の雷鳴が奔り、それは台座全てに伝播する。

刹那の閃光、瞬く間の衝撃、赤熱に膨れ上がる銃座は爆発した。

その衝撃は斜面に積もる雪と死体の全てを吹き飛ばしてしまう程。

少年も例外ではない。

どこかにしがみつく気力もなく、少年の体は衝撃の威力をモロに受け山脈を空中で降りていく。

仲間達と雪と共に空を舞うその景色に、彼は自身の最後を悟る。


(すぐ、そっちに行くよ……)


先に行った友達の元へ。

この体が大地を打ち鳴らした時、それがこの人生という旅路の最後。終着点。

瞳を閉ざし、心を閉ざし、世界と自身を隔絶し、ただその時を待つ。


《殺せ》

「っ!?」


耳元で響いた声に大きく目を見開く。

しかし目の前の景色は、そこを染め上げる色は瞳を閉じていた時と同じ暗黒であった。

まず確認することとして体を動かそうと試みる。指先、腕、足、首全て動かすことはできる。だが、その場所からの移動を行うことは出来なそうだ。


「なんだ、此処は……」


首を動かし180度、また360度全体を視認してみるも、延々と続く暗黒の、虚無の世界のように思えた。

何一つとしてない。ならば、さっきの声は一体どこから……?

もう一度移動を試みようとした、その時


《殺せ》

「またっ!? 誰なんだ!」


叫ぶ声は届かず、世界に虚しく消えていくだけ。当然返答はない。

返答はなかったが、足下に違和感のような感触が発生したことに彼は気づいた。

自分の足下を見下ろしギョッとする。

今まで何もなかったはずの世界に幾重いにも重ねられた死体が山積みとなり少年の足場と化していたのだ。しかもその死体の上部の人間は、一緒に飛ばされた友人たちである。


「これはっ!?」


と、足をあげようとした時、足首を死体の山から伸びた腕に掴まれる。


「は、離せ!!」

《殺せ》


またあの声だ。

しかし今度は発生源がすぐに分かった。

足下の死体山、正確には僕の足を掴んでいるこの手が先ほどからの声の主で間違いない。


「このっーーー」

《殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せえええええええ!》


万力のような力で握り締めてくるその手を何度も何度も蹴って引き剥がそうとするも、全くもって意味をなさない。逆にこちらが山の中へと引っ張り込まれていく。


《殺せ。殺せ。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス》

「い、嫌だっだ! 僕は、僕はまだーーー死にたくない!!」


ーーー今、何故僕は死にたくないと思った?

僕の役目は既にすんでる。この世界に今更生にしがみつく必要があるのか?

もう一度、自身が沈んでいく死体の山を見る。

無残な姿で横たわる友達。生まれも育ちも同じで寝食を共にして来た最愛の家族。親と呼べる存在がいない僕たちにとって友とは家族以上の存在。

彼らと離れこの世界で生きることになんの意味がある?

だったらーーーーーー


「ーーーいいよ。殺せばいい」

《コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコローーーーーー》


血の気の引いた白磁の手にそっと触れる。よく見れば、その手は少年の友人、最愛の人の一人だった。

何度も重ね、何度も繋いだその手に気づけないなんて、僕はなんて薄情な奴なんだろうと自己嫌悪に苦笑してしまう。

もう一方の手もその手に重ね、強く強く熱が伝わるようにギュッと握りしめて、呟いた。


「一緒に行こう」


トプン。

光も届かない深海に沈み込んでいくような感覚に、僕は戸惑わなかった。

これが死の感覚かぁ……なんだか、誰かに抱かれているような不思議な感覚だ。


【ほお、なかなかに的を射っておる。やはりお前さんには見込みがあるようだねぇ】

「…………」


もう何が来ても驚かない自信があった。けれど人って本当の驚きに見舞われると何も言えなくなるんだなと、先ほどの死体の山の発生時以上の衝撃が少年を襲い、天井を仰いだまま硬直する。

そう、なんの比喩にもなっていなかったのだ。

誰かに抱かれているような感覚。

まさにその通りで、少年の頭上には見目麗しい女性の巨大な体躯と顔が少年の視界のほとんどを埋め尽くしているのだ。

まさに少年はその女性の腕の中に抱かれている。


「あ、あのー……」

【怪しや怪しや。人なる者があの場を通るなど一度しかあらんやら。何者かねぇ?】


ぶつぶつと、まあその巨体故に独り言になっていない、独り言を呟いていた女性に問われる。

何者と言われても、うーん……


「ラザル分体2G666CAT番体です。あ、種族総体名はブラッドソルジャーってことになりますね」

【種族総体名? 人とは異なるのか?】

「人……、僕が住んでいた場所では僕達を人として扱われることはなかったです」

【なるほど、少年。主も中々に難儀したようだのう】

「いえ、僕はそんなに……それ他にも仲間達がいたし、僕だけの痛みじゃなかったし……」

【ああ、主が落ちて来た時に一緒に降りて来た者達か。不思議と家族に近しい、だが各個体が別種の細胞情報を有しておる。それにこれはーーー】


僕の体に触れていた女性の手に、光が流れていく。

それを掬って顔に近づけ、一舐めする。しばし逡巡した後、彼女はグンと勢いよく少年を持ち上げ凝視した。嫋やかで妖艶な年の頃二十幾つの女性に顔を近付けられれば、どんな人間だって顔を真っ赤にして羞恥に見舞われるだろう。しかし少年の表情は変わりなく、キョトンとした表情で首を傾げている。


【この情報体、我が泥の一部ぞ? これを持つは世界に三種放った蜥蜴のみだが、これは……屍閽龍?】

「あ、はい。僕達はその龍の培養体ですから」

【ほお、人間如きに破れ研究材料とされるとは……。つまり主が生まれた原因は我にあるということだのう、やれやれ……】

「……一つお聞きしたいのですけど、いいですか? 僕はーーー死んだんですか?」


死の感覚はあった。けれどこうしてはっきりと意識があり、目の前の女性と普通に会話を行うことが出来ている。この状況を目の当たりにして本当に死んでいるのだろうか?と疑いたくなるのは仕方のないことだ。

その問いに対する彼女の答えは


【十三分前にこの世から主の存在は消失しておるぞ】


あまりに素っ気ないものだった。

少年も、あまりに当たり前のことのように言われ、しかし当然かと受け止めていた。


「……そうですか」

【驚かんのう。主は世界を恨まなかったのか? 自らを創造しながらゴミのように扱った世界に怨恨が微塵もないと?】

「それは……ーーー」


突如、今までの痛みに伴う光景が全てフラッシュバックする。

すると体にもその時の傷が浮き上がり体が裂け、周りに血が飛び散る。

飛び散った血は下に落ちるでもなく、この空間を形成している泥のような液体に溶けるでもなく、少年の周辺で止まっている。

女性はおや?と思いつつも少年への囁きを続ける。


【痛かったでしょう? 辛かったでしょう? たくさん我慢してきたのでしょう?】

「ああああああっ!? 痛いっイタイ!!」

【もういいじゃない。全てを吐き出してしまって。世界を塗り潰して】

「おごっごッ……!?」


裂けた肉体の一部から泥が進入してくる。

それは龍のように少年の体内で暴れ回り傷つけながら、その側から修復していく。破壊と修復を繰り返しながら泥は少年の体に定着していく。


【あなたにはそれだけの感情がある。覚悟がる。なら、あとは力を持つだけ。既に我が一部を持つ主ならばこの力には適応できよう】

「…………」


泥は少年の全てを染め上げていく。

脳の奥底、心と呼ばれている場所から響き続ける死んでいった友の声。死者の怨嗟は正常な精神を犯すには十分すぎるほどの力を備えている。

少年の体が2度ビクリと跳ねた後消沈する。

元が白かった肌には赤い罅が稲妻のように刻まれ、黒かった髪も毛先から赤白く染まりつつあった。


【さあ行きなさい、世界に、貴方のIRAを好きなだけぶつければいいわ】

「ーーー怒りは吐く。でも一つ、頼みがある」

【…………聞きましょう】


まさか我が泥に塗れながらまだ自我を保つことができようとは、この少年、怒り以外にも強い力がーーー。


「僕の弟達を、助けたい」

【ふむ……】


女性は考える。怒りの中でずっと世界を見続け、一部を染め上げてきた者は考える。

少年の出自からして全てを恨み自分以上の怒りに呑まれることを期待し力を与えてみた。しかし彼は呑まれず、あまつさえ我に交渉を持ちかけてきた。

そして今、違う期待を少年へ抱いていることを彼女確信していた。


(マグマのように煮え立つ怒りの中で相反するもう一つの感情を宿すこの童はどう世界を塗りつぶすのかーーーーーーー見てみたい)


人の血が古びて黒化したようなこの沼の中において、その瞳は猛々しく燃えていた。

ただ燃えているのであれば、怒りに燃える彼以上の瞳を我は知っている。

その火を消すのは野暮というもの。


【IRAを振りまくだけならいと容易きことであったが、多くを救うなら計略を練る必要があるのう】

「大丈夫です。今の僕ならーーー」


少年の体の周りで赤い火花が散る。


【確かにその力があれば殲滅は可能であろうな。しかし輸送はどうする? 都度攻撃を受けていては幾人救ええるか】

「じゃあ何か策がおありで?」


しばしの逡巡の後、女性はフッと不適に笑って見せた。


【ああ、とっておきの策を披露しよう】

今回がかなり(自分の中では)長かったので次の投稿は来週の火曜あたりを目指しています!

本当に不定期投稿になって申し訳ないです……。


ではまた!

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