王女の護衛
ようやっと恋愛の気配?
私はそれからも時々マチルダ王女からの招待を受けた。観察するにマチルダ様は完璧王女に疲れると私を呼ぶらしい。セラピードッグ、いやキャットか何かの扱いだろうか?
「いやぁ、なんかね。シビルが猫かぶってる姿を見たら癒されるっていうかねぇ。」
どうやら私は今のマチルダ王女にとって癒しのペットか何かなのだろうか?
さすが猫、癒し効果もあるとか・・・、ってそんなわけはない。
私とマチルダ様が猫かぶりの苦労を語り合い、時に競いあったりしてるうちに侍女であるマーシアさんとアシュリーは階級が違うのだけれど何だか妙に連帯感を深めていったようだ。
やたらに外面のいい主がしっぽを出さないようにフォローし、気を回す苦労を語り合っていたけどマチルダ様の猫に比べれば私なんかまだまだだと思う。
アシュリーについては辺境伯傍系と説明した。もちろん、男性ということは伏せたままだけど。
私が度々一人呼ばれるのは怪しまれるのでシャーロットも一緒に呼ばれる時もある。そしてもちろんシャーロットが来る時はマチルダ様だけでなくマーシアさんも特大猫を被る。猫かぶりの集いだ。
その日はルシアナから贈られてきた婚約祝いの織物を披露するというお茶会でマチルダ殿下の背後には初めて見る侍従武官の姿があった。
招待された令嬢方の多くが殿下のお側を辞した後で、トゥモンド辺境伯領についての質問をするという事で私とシャーロットが残った。
もともと王族であるマチルダ様には登下校の際や宮城内では護衛武官を従えていたが「彼」は初めて見る人だった。
煌びやかと評される近衛部隊の中でも護衛を主とする青い制服に白いマントを身に着けたその人は砂色の髪と瞳を持つ穏やかそうな、いわゆる大人の男性だ。
「緊張しないでね。今まで私に付いていた者が訓練で負傷したので交代したの。輿入れの旅にも同行するからシビルには会わせておくべきかと思いましたの。」
マチルダ様(完璧王女モード)がそう説明するとホレイショさんは一歩前に出て私に礼をした。
「近衛第三部隊に所属するホレイショ・ネビルと申します。辺境伯閣下の武勇は近衛でも度々噂になっております。その御家族にお目通りかない恐悦至極です。」
見た目にたがわず落ち着いた声のホレイショさんは鍛えられた軍人の印象に違わない敬礼をして見せた。
「まぁ、どのような噂かは存じませんがお耳汚しではございませんでしたか?」
私もお嬢様モードで微笑みながら答えると
「そんなことはございません。『ロッホ・アバーの青狼』の異名は軍で知らぬものはおらぬのです。今回マチルダ殿下のお伴になることとなりお会いできるのが楽しみです。」
そう言うと実に穏やかな笑顔を返してくれた。
ちなみに『ロッホ・アバーの青狼』というのはトゥモンド辺境伯領で魔物暴走が起きた時に多数の魔物を倒して侵攻を食い止めたことによってついた父の二つ名だ。
全身に浴びた魔物の返り血が青かったので着いたという。私はまだ生まれていなかったけれどアシュリーにはしっかり記憶があるらしく、小さい頃に何度も聞かされてきた。
想像するにおどろおどろしいのだけれど今は脳筋なオッサンであるというのにだ。
「私がシビルを今日のお茶会に招くと聞いてホレイショはとても楽しみにしていたのよ。シビルはお父様から話を聞いたことがあって?」
「残念ながら私はまだ生まれておりませんでしたの。人から話は聞いたことがありますが父自身はあまり話してくれませんの。」
父に聞くとそんなスプラッタなあだ名のせいでしばらく女性が近づいてこなかった、とかは言っていた。
「そうなのですか。あのように素晴らしい武功をたてた方は奥ゆかしくもあられるのですね。」
私が答えるとホレイショさんは残念そうな顔をした後でこう言った。
「ホレイショ叔父様は私の叔母の旦那様ですの。ですから姫様のことはよくご存じですのよ。」
マーシアさんがそう言いながらホレイショさんを見ていたずらっ子のような笑顔を浮かべる。
「殿下は私が護衛に着くとすぐにどうにかして私を撒いて息を抜こうとばかりされますからな。私はすぐにお役御免になってしまうかもしれませぬ。」
ホレイショさんが神妙な顔でそう言うと
「そんなことを言うけれどホレイショは私の隠れ場所なんてすぐに見つけてしまうし、乗馬でも敵わない。そういう余裕は嫌味というのよ。」
「殿下に撒かれてしまうようではそもそも武人として失格でございますから。」
「まぁ。お姉さまでもそのようなことをなさいますのね。」
シャーロットが二人を見比べて微笑みながらそう言う。
「私でもたまには息を抜きたいことがありますのよ。こうしていられるのももうしばらくのことですもの。」
マチルダ様はそう言うと少し寂しげに笑った。
その笑顔に私は、おや?と思う。
完璧王女マチルダ様の彼を見る視線がとても柔らかだった。もちろんシャーロットもいるし、礼儀作法や挙措はもちろん非の打ち所などない。でもなんだろう?いつもとは確実に何かが違う。
あのマチルダ様がホレイショさんに甘えるような様子が私にはなんだかとても不思議なものに見えたのだった。
それからはホレイショさんは背後に控え口を開くことはなくお茶会は新しい織物でどのようなドレスを作るのか?などという話で和やかに進んだ。
その日の訓練のアシュリーは凄く凄く機嫌が良かった。
「ね。アシュリー、彼のことどう思う?」
「はい?彼とは?」
「マチルダ様の新しい護衛よ。ホレイショ・ネビルさん。」
私の問いにアシュリーは背を伸ばしてにこりと笑った。
「いいんじゃないですか。落ち着いた振る舞いといい、あの身のこなしといい十分な実力があると思います。それに旦那様の実力を評価しているのですから目も確かでしょう。」
あ、駄目だ。こいつは父さん大好き人間だから父さんの評価が高いと全部好い人になるんだったわ。
なかなか恋愛っぽい動きになりませんでしたけど、やっとそれらしくなりそうなww
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