王女の誘い
そうそう平穏無事にはならないようで
ランチタイムの学院食堂はそれぞれ世話係のメイドと合流したお嬢様たちで混雑している。
お嬢様たちは自分では学生食堂といえど自分で食事を運んだりはしない。メイドが付き添わない子爵男爵クラスの生徒でも注文したものが学院が用意したメイドに運ぶし、公爵や侯爵クラスになると世話係メイドが一切の世話を見る。
衝撃のキャレル事件から数日、マチルダ王女からは何の動きもなかった。
あと数か月で学院を卒業し嫁ぐ準備が忙しいのだろう。国内に残る娘については口留めは十分できたと思われたならいいな、と考えている。
私とシャーロットは最近は二人で中庭の四阿でシャーロットが用意してくれたランチを食べるのがお気に入りだ。混雑が苦手なのもあるけれど私たちがいると周囲が気を使って挨拶をしたりと忙しいのだ。食事はゆっくり楽しみたい。
それでもシャーロットと二人でいると何人かの下級生が差し入れをしてくれることもあり、今日も可愛らしい後輩からクッキーとシュークリームをいただいた。
ありがたくいただくと礼を言ってアシュリーに託す。後でアシュリーがどのお嬢様かチェックしてそれなりのお礼を見繕ってくれるはずだ。
暖かな日差しと心地よい風を楽しみながら食事をしていると、
「いつ見ても仲が良いわね。あなた方は。」
と声がかけられた。
「まぁ、マチルダ様。」
声の主のマチルダ王女は艶のある金髪はウェーブして背中を覆い、早春の芽吹きの若葉色の瞳はいつも穏やかな光をたたえている。
ほっそりというよりもちょっと肉感的な体でも制服を着ていてさえ優雅な気品に満ちている。
(これが猫かぶりってんだから。いやはやいやはや。)
いくら学院内とはいえマチルダ王女が一人でいるわけもなく、後ろには成人済の侍女や学生でありながら見習いとして仕える令嬢がいてその中の一人として先日図書館で遭遇したマーシアさんの姿ももちろんあった。
「マチルダお姉様。」
さすが公爵家というべきか、シャーロットは又従姉妹だかなんだかで幼い頃から知り合いらしい。
さっと立ち上がっ私たちのカーテシーをゆったり受けマチルダ様は微笑んだ。
片足を軽く引いて腰を落とすカーテシーは美しく行うことが案外難しい。敬意の表し方によって深さが変わるので筋力がないとフラフラするのだ。
姿勢を維持すればよいというものでもないので母に習い始めた頃はよくひっくり返ったものだし、筋肉鍛錬じゃない優雅さがないとよく叱られた。
入学に備えてアシュリーと一緒に母と義祖母から地獄の特訓を受けたのは思い出したくない。
侍女や弟を背負って優雅にカーテシーを維持する特訓とか必要?カーテシー連続20回×3セットとかどういうこと?
とか思っていたがカーテシーがフラフラするとそれはそれで『あの子カーテーシーもまだできない残念さんですわよ。』ともなる。お嬢様は意外と足腰が強い。
「シャーロットもだけどシビルも優雅な振る舞いだこと。こんな美しいカーテシーはなかなかございませんよ。」
そんな努力が実りお褒めの言葉をいただけた。
マチルダ様と長い挨拶を交わし無事に終わったかと安堵したタイミングで
「シビル、私の新しい衣装やルシアナへの移動の際のことについて母君と打ち合わせをするの。良ければあなたもいらっしゃい。」
優雅に笑う王女だが、良ければとは言いつつ実質出頭命令に同じだ。
確かに我が領土名産のアラクネ糸は王女の衣装になるし、ルシアナとの国境にあるトゥモンドは王女が輿入れする際に移動する。
我が辺境伯の館は王女輿入れの話がでた5年前からあれこれと手を入れて現在大改修工事も終盤戦、内装の仕上げにかかっているはずだ。
2年生までは保護者の同伴でも夜会には出席しないが、お茶会には招かれることもあるがだいたい複数人で招待される。
王子王女の同級生なら個人的に招待されることもあるかもしれないが、私は団体以外で招待されたことがなかったしマチルダ王女は上級生なのでこれは異例だ。
というより先日の件でついに行動を起こされた。王女様の背後に控えるマーシア様は澄ました顔をしているだけだ。
「あら。まぁ、シビル。お姉さまのお茶会に誘われたなんて素敵ね。」
シャーロットはおっとりとそう言うけど私の脳内はただいまちょっとした混乱の真っただ中だ。
「お招きありがたくお受けいたします。母ともどもお会いできる日を楽しみにしております。」
とりあえずにっこり笑ってそう答えると、王女は満足げに微笑んだ。
背後でアシュリーがひとつ息をついた気配がした。
母が帰宅した後、二人でお茶を飲みながら今日のマチルダ王女とのことを母に話した。
「シビル、王女様からこちらにも娘を連れてくるように招待状が来ましたよ。」
「私も今日学院でお話を受けましたの。突然で驚きました。」
給仕が控えているのでタウンハウスでは猫は常時装着で話をしたが、ケーキスタンドにお茶の道具を置いたメイドを下げてしまうとぺいっと猫は脱いでしまう。
「なんで急に招待とかなるかな?シビル、なんかやらかした?」
母はもともとそこそこの貴族生まれなのに父と出会い辺境伯領で過ごすうちにさっさと朱に染った。ざっくばらんな性格は父譲りだけど私の猫かぶりは絶対にこの母親の遺伝だと思う。
正確には向こうが勝手にやらかした場所に遭遇したのだが、まだ母には内緒だ。
「そう。アシュリーが言うならそうかもね。」
母はそう言うとケーキスタンドからサンドイッチを摘まみパクリと口にした。
「あら。このサンドイッチは美味しいわ。エメの料理はやはりいいわね。こちらに連れてきてよかったわ。」
母にすすめられるままに私もサンドイッチを口にする。バターとしゃっきりした胡瓜の塩味が絶妙だ。
アシュリーが淹れてくれたお茶もミルクが柔らかな甘みでとても美味しかった。
3段のケーキスタンドには素朴な味が優しいスコーンやエメが丹精込めて作り上げた色鮮やかなカップケーキがぎっしりと並んでいる。
「まぁ色々考えても仕方がないですよ。ただ単に目の前にあった予定と私の関係があったから誘っただけかもしれませんし。王女様も同じ面子に囲まれてるのも飽きただけかもしれませんよ。」
行儀は悪いし、本当はマナー違反だけどスコーンよりも先にクリームがたっぷり塗られて菫の砂糖漬けが飾られたプチケーキに手を伸ばす。
口に入れれば蕩ける甘さが嬉しくて私は思わずきゅっと目を閉じて味わった。
「そんなに単純な話ばかりとは思わないのですけど。この楽観思考は羨ましいですよ。」
招待の話はすぱっと終わらせてお茶を楽しみ始めた私たち母子にアシュリーは深い深いため息をついた。
次回、ついに王女に呼ばれて出頭?ドナドナ?されていきます。
父は脳筋、母は元祖猫かぶりですが二人とも基本楽観的なので娘もやっぱり脳筋で楽観的(^^;)