タウンハウスのお嬢様 (後)
辺境伯家タウンハウスには他の貴族の館とは異なる空間がある。
カントリーハウスには広い訓練所があるけれどタウンハウスでは無理だ。
特訓ルームと名付けられたその部屋はキャスパーが作り出した防音結界が施され中の音は一切外に聞こえない。
ギザントでは魔法は随分廃れたけれど豊富な魔石を媒介とした魔術具を使い暮らしている。
年子の弟キャスパーはその魔石を用いて魔術具を作る秀才だ。本来学院1年生なのだが特に飛び級をして魔術具研究所に所属もしている。
研究好きであまり身なりに構わないから母譲りの金褐色の髪はぼさっと伸びてうっとおしいからと項の位置で結んでいる。根っからインドア派なのに父に似てものすごく体格がよく、初等科入学式で頭一つ飛び出るくらいに長身だ。それなのにあまり武術は得意としていない、素質はありそうなのでもったいないけどやりたいことをやらせてくれる両親のもとでそれなりにのびのびと暮らしている。
武術は不得手でも魔力があるキャスパーは魔術具開発が大好きで小さな頃からいつか領地に研究室を作るのが夢だ。
宿題を終え、夕食を食べた後から就寝までの時間、特訓ルームでアシュリーと一時間かけて行われる武術の稽古が私の日課だ。
領地に戻ると槍や弓の鍛錬もあるのだけれど、敷地が狭い王都では組手の鍛錬が中心だ。
壁際にはとばっちりを避けるための防御結界の中で様子を見守るキャスパーがいる。
ちなみにキャスパーがいるのは私とアシュリーが装着した魔術具のデータを取るためだ。キャスパーが作った装着型魔術具は私が最初に試験する(実験台)のだ。
「まだだ!癖が抜けてない!」
渾身の右ストレートを紙一重で躱され、崩れかけた体勢を片足を踏み出して持ちこたえる。その足を狙われて繰り出されたアシュリーの蹴りを後ろに飛んで避けた。
「相変わらず目がいいな!」
アシュリーが舌打ちとともに構え直す。
子供の頃はコテンパンに負けていたものだが今では5回に1回くらいは当てることができるようになってきた。
弾む呼吸を整えながら私も体勢を整えて油断なくアシュリーが繰り出す次の攻撃に備える。
辺境伯家は国境を守る武の家柄。代々令嬢といえども何がしかの戦闘手段を身につける。
私の場合は暗器と組手だ。今日は組手中心の稽古だけれど剣や弓矢を使って領地では普通に討伐隊にも参加する。
弟のキャスパーも幼い頃は一緒に特訓を受けていたけれど学問の方に没頭するようになってからはあまり組手稽古に出てこなくなった。
魔術武器や身体強化機能付きの武具の作成で貢献しているのでいい、というのが弟の主張だ。
アシュリーの武芸は父が仕込んだもので私はアシュリーがアシュリーは父が越えられない壁として立ちはだかっている。
「ほら!!まだ値を上げるには早い!!構えて。来ないならこちらからいきますよ。」
アシュリーはそう言いながら蹴りを下段から上段と間髪入れずに繰り出してくる。
伸びてくる足を避けているばかりで狭い特訓室の壁際に追い込まれてしまう。
「魔獣はあなたを待ってはくれませんよ。組手は相手との接近戦が中心になるんですからね!!」
「姉さん、アシュリー。データ取れたよ。魔術具を使うとスピードが少し落ちるみたいだね。」
キャスパーは呑気にそう言うとアシュリーのほうは防御を上げてあるけど、今度は防御よりスピードに特化したいと言い出した。
「それ、ダメージが残ります?」
「心配ならポーションの試作品もできてるよ。飲みやすさ優先と回復速度優先、どちらを使いたい?」
キャスパーが傍らの鞄からなんだかキラキラした透き通った液体と、ドロドロと濁った液体を出してニコリと笑った。
「・・・・よけてよけて避けまくります。できれば飲みたくない」
アシュリーが目を背けてそう言うとキャスパーは残念そうに舌打ちした。
結局今日の勝負ではアシュリーに勝つことはできなかったけれど体を動かすとなんだかとてもすっきりした。