学院のお嬢様
『猫かぶり令嬢は友人の婚約破棄を企む』の連載版になります。
ギザント王国王立ルメシアン学院は元は王族子女の教育のために設立された学院だ。
国を支えるべき王子たちやその側近の席を担う者たちの教育の場はやがて他国や国内要職へ嫁ぐ王女とその側近も教育するようになり、時代が下がると上級貴族だけでなく優秀な下級貴族や富裕な平民へ、さらに現代では熾烈な入学試験を突破した庶民まで門戸を広げた。
ルメシアン以外の学院も開かれつつある中、その権威はまだ揺らぐこともない。
学院は12歳から3年間男女共学の初等部15歳から3年間の男女別の専門科に敷地内で別れ、男子は文官科と騎士科、女子は家政科として学んでいる。
家政科というといかにもほわわんとした花嫁修業なイメージだが王族の花嫁修業がそんなわけあるわけがない。
夫を支えどの国にも嫁げるように自国後の他に数カ国語から選択肢があり最低でも三か国語は学ぶ語学、数学、地理、歴史、経済学、衛生学などの実学、どんな相手とも円滑に社交ができるように礼法はもちろん美術、音楽、哲学、文学、心理学などの英才教育が行われる。知識教育ならば男子に遜色ないもの、むしろ男子騎士科より遥かにハードな教育が施される。
ルメシアンを出た妻がいる、といえば外国ですら羨望の的となるのだ。
上級貴族子女には花嫁修業(まさに修行)の場として、中下級貴族子女にとってここで優秀な成績を修めれば上級貴族への仕官、そこから上手く行けば玉の輿だって夢ではない。
学院を卒業すれば正式に社交界デビューをし婚活戦線に加わるのがこの国の令嬢のライフサイクルである。
女子家政科の教室の一隅で令嬢たちが授業で刺繍したハンカチを見せあっていた。
家族に服を縫うような作業は貴族はしないけれど繊細な刺繍やレース編みは貴族子女の必須教養だ。
「見てください。シビル様の刺繍の繊細な。」
「ええ。木の葉やこりすが動き出しそうな細やかさですこと。」
「色使いも素敵ですわ。糸を変えるだけでこの花はまるで輝いているかのよう。」
「皆様、褒めすぎですわ。」
照れたようにはにかんで私はハンカチを手に取る。
私、シビル・トゥモンド辺境伯令嬢は家政科二年生に在学中だ。
可愛らしい令嬢が多い学院では私は細身で背が高く武家育ちの精華きびきびした動きをしていると言われる。そのせいか自分で言うのも何であるが下級生含め学院の女生徒たちから人気がある。
親友であるシャーロットに言わせると
「物静かなのに凛々しくて、美しさだけじゃない雰囲気に惹かれてますのよ。」
と説明されたけれどそんな大したものなのだろうか?自分ではちょっとよくわからない。
ただ、まぁ思うのは自分の『素』は隠している自覚はあるのでそこが『ミステリアス』と言われてみればそうかもしれない。
だって私は今でこそ辺境伯令嬢でござい、と生きているが8歳までは家族で三部屋の警備隊舎宅住まいで10歳で正式に辺境伯家に入った、いわば中途採用令嬢なのだから。
令嬢たちで盛り上がっている刺繍は昔から得意だ。母のアラクネ糸を使った衣装作りは我が家の大事な収入源だったから庶民時代に器用な手先を活かしてアルバイトしていた。
マントやシャツに刺繍をして贈るのは婚約者の特権、その出来は粋者の証。生半可なものは贈れないし、自分でしたいけど変なものを贈るのはプライドが許さないという女性を顧客にとてもいい小遣い稼ぎになった。
貴族子女の学院などというと派閥を争ったり嫉妬をむき出しに陥れ合う魑魅魍魎とかいうイメージがあるようだが、実際身分制度がきちんと決まっているからそれに見合う行動を取っていれば穏やかな世界だ。
それに学院時代に培う人脈が成人後や結婚相手探しに役に立つのだ。評判が支配する貴族社会で学生時代に問題を起こすような人間を好き好んで身内に加えたい者などいない。
家政科では学年ごとに一番身分が高い者に影響を受け雰囲気が定まる。
私の第二学年ではロングヴィル公爵家令嬢シャーロットを頂点としたシステムが出来ている。穏やかで争いを好まない彼女の影響か学年全体が仲が良い。
ちなみに最上級生である三年生には第二王女マチルダ様がいらっしゃる。
我がギザント王国は北大陸の地中海側にあり南大陸との貿易もする国だ。今はベアトリス女王を頂いており、南の大国として名高い。
現女王ベアトリスには5人の子がいてマチルダ王女は兄2人姉と弟が1人いる。姉である第一王女は我が国最大の公爵家に嫁ぎすでに子供も生まれている。入学以来の秀才とも誉高いマチルダ様は学院を卒業したら隣国の王太子へ嫁ぐことがすでに決まっている。
「シビルの刺繍は素晴らしいですもの。私が頂いたハンカチもご覧になって、皆様。」
シャーロットが差し出すハンカチは飾り文字で名前とシャーロットの実家の紋章、守護天使を刺繍した誕生日の贈り物だ。
「あ。シャーロット様。恥ずかしいですわ。そのようなものを。」
「いいえ。こんなに素晴らしいものとても嬉しかったんですもの。将来の旦那様より先にシビルの刺繍を贈られるなんて名誉でございましょう?」
シャーロットが柔らかい笑顔でそう言うと周りの令嬢たちもその華やかさに思わずうっとりと見とれてしまう。
「まぁっ!素敵!」
「本当に素晴らしうございますわ。私にもいつか教えてくださいませね。」
キラキラとした眼差しには何の裏の意図もない。お嬢様ってスゴイ。
「ええ。お恥ずかしいですが。喜んで。」
私もにこりと微笑んで返事をする。
「その時は私のお家に皆様を招待いたしますわね。」
シャーロットはそう言うとアメジストのような深い紫色の瞳でにっこりとほほ笑んだ。
シャーロットはギザント王国でも特に身分の高いロングヴィル公爵家の一人娘で私の親友でもある。
そこに招かれるのは憧れでもあり、名誉でもある。
「公爵家にでございますか。まぁ。嬉しい!!」
それでなくても優しく美しいシャーロットを嫌う人間は家政科にはほとんどいないだろう。
素の自分でいられないのはちょっと大変だけど同級生も生粋のお嬢様とはこんなに品が良いものなのだ、と毎日感心しながら私は日々を過ごしているのだった。
より詳しく状況設定を書いてみました。
シャーロット嬢は天然純粋のお嬢様です。
次回投稿は明日になる予定です。