勇者の得た真実
如何にしてこの状況から逃れようか。
王と姫が去って、夜が来て真っ暗になった部屋でセーヤはずっと考えていた。
このまま訳も分からず殺されてはたまらない。
そちらの都合で呼び出され、危険な旅をさせられ、勇者としての責務を全うしたというのに、真っ赤な嘘によって裏切られた挙げ句の果てに処刑だなどふざけるな。
その上、彼らは聖女──ミコトを守りきれなかった。
神殿にて安全な暮らしを保障すると言ったのに。
かつては彼女が自分を守ってくれた。
今度は自分が守る番だと約束したのに、それが果たせなかった。
ミコトの死によって、セーヤの心に出来た穴は大きい。
ぽっかりと空いたまま、ミコトの死を未だに受け入れられずにいる。
彼女に会いたい。
太陽のような笑顔を浮かべて、もう一度名前を呼んで欲しい。
自分勝手であるとは百も承知だが、セーヤにとってやはりミコトの存在は大きかった。
姫に裏切られた今、セーヤの拠り所はミコトなのであった。
──必ずまた会おうと約束したのだ。
聖女と思わしき死体はなかったと王は言っていた。
なら、彼女が生存している可能性はあるだろう。
現場の状況から考えても無いに等しいだろうが、それでも僅かばかりでも希望があるなら信じたい。
ここで死ぬわけにはいかない。
手足を動かせば、セーヤを拘束している鎖がじゃらじゃらと揺れる。
何度も壊せないかと無理に引っ張ったりと試してみたが、駄目だった。
だが、諦めない。
セーヤは力いっぱい右手の鎖を引っ張った。
腕輪がぎりぎりと手首に食い込んで痛い。それでもセーヤは続けた。
右が駄目なら左を。右足を、左足を。
とにかく鎖を引っ張り続けた。
やがて、バキンッと音を立てて右手の鎖が外れた。
続けて左手も、両足も。手首と足首に嵌められた輪はそのままだが、全ての鎖を外すことが出来た。
暗くてよく見えないが、無理矢理引っ張りた続けたことで付け根のあたりが壊れたのだろう。
この時点でセーヤはひどく疲れていたが、休んでなどいられなかった。
夜のうちにここから抜け出さねば。
セーヤは微かに月明かりを漏らす格子窓に目をつけた。
少しふらつきながらも窓の下へと近づいた。
これは、奇跡か。
窓枠に沿って嵌められている格子を留めているネジが緩んでいた。
格子に手を掛けガタガタと揺らせば、いとも簡単に外すことが出来た。
もしかしたら、セーヤの中にある勇者の資質とやらが何か働いているのかもしれない。
こうしてセーヤは部屋からの脱出を果たしたが、次はどこへ向かうかだった。
神殿の行き方も分からなければ、方向も分からない。
セーヤはひとまず物陰に隠れてしばし考えたが、手っ取り早く聞き出すことにした。
────姫は、杖さえ持たせなければ魔法を使えない。
月は真上にある。この時間ならきっと寝ていることだろう。今がチャンスだった。
誰かに見つからないよう慎重に城の中を進む。上流階級だからきっと上の方に部屋を構えているはずだという勘を頼りにして。
しかし途中で気になる話し声がセーヤの耳を掠め、足を止めさせた。
割と進んで間もない場所で男の声が『聖女が』と話しているのを聞いたのだ。
音を立てないよう僅かにドアを開けて、中を覗き込んだ。
そこにいたのは、探していた姫と────王だった。
彼らは親子だとしても近すぎる距離で向かい合い何事かを話している。
耳を澄ませ、セーヤは彼らの話を聞いた。
────そして、真実を知ってしまった。
聖女ミコトが、神殿で酷い扱いを受けていたことを。
神殿の結界が破られたのは、聖女自身が衰弱し力が弱まったからだった。
それを耳にしたセーヤは愕然とした。
ミコトが受けていた仕打ちは、──口にするのを躊躇うようなものの数々だった。
そして最も知りたくなかったことを姫がきゃっきゃっと笑いながら話してくれた。
元々、喚び出した勇者と聖女を使い捨てにするつもりでいたのだ。
姫が旅に同行したのは勇者との距離を詰めるため。
好いていたのは、誘惑して扱いやすくするための、演技。
騎士が二人の恋路を邪魔しなかったのは、王から予め『魔王を無事討伐できた暁には勇者を次代の王として姫と結婚させる』つもりであると聞いていたかららしい。
そうして根回しをされていたのと、騎士自身もセーヤを良く思っていたからなのだろう。彼の協力もあって、うまいこと事を運べたと彼女は楽しそうに父親の膝の上で笑っていた。
────でなければ、誰があんなのと。
旅は確かに危険だったが、いざとなれば勇者と騎士を盾にして姫ひとり転移で逃げるつもりだったようだ。
そうして討伐が失敗しても、また新しい勇者と聖女を喚び出すだけ。
これまでもそうしてきたらしい。
とある男女では。
姫の誘惑にあっという間に陥落した勇者だったがモンスターを前に恐怖で動けず情けなく食われてしまった。
聖女は神殿での生活に耐えられず三日ももたずに自殺してしまった。
そのときは、何かと意見を主張してくる大臣をもっともらしい理由をつけて無理矢理同行させたらしい。その後の行方は暗い洞窟に置いてきたから知らないと、姫は無邪気に笑った。
とある男女のときは、どうしてもこちらの話を聞き入れてくれそうになかったので、城に侵入した賊の仕業と見せかけて────。
あるときは、またはあるときは。
これもせず繰り返し召喚し、ついでとばかりに気に食わない者を同行させて、────まとめて。
それを魔王が出現したときから続けていたらしい。セーヤたちが呼び出されたあの日より一年前も前からずっと。
胸糞の悪い話だった。
腸が煮えくり返りそうだというのはこの感情のことを言うのだろう。全ての話を聞き終えたセーヤは、身体の奥に沸々とした熱いものを感じていた。
騎士は前任の隊長がモンスターとの戦いで討ち死にしたため、最近就任したばかりだったそうだ。だから魔王討伐の旅のその裏にある事情を知らなかったのだった。
そして隊長として色々な書類に目を通すようになり──彼はどこからか神殿上層部の腐敗っぷりを知ってしまった。
それを正そうとした騎士を煩わしく思い、あわよくば消えてもらおうと彼は旅のメンバーとして抜擢されたのだ。
上層部の腐敗は、王にもなにか旨味があったようだ。詳しくは聞き取れなかったが、神殿への襲撃は予想外だったらしい。
もしかしたら、人々の顔が暗かったのは、もっと別の理由が────?
視野が狭くなっていたセーヤには感じ取れなかったものが。
こんな王だったのだから、自国の民に圧政を敷いていてもおかしくはない。
怒りが爆発しそうだった。
あんなやつらのために、旅の間ずっと支えてくれた頼もしき仲間を失ったというのか。
勇者勇者と持て囃されて、正直悪い気はしなかった。
だがどうして自分は、あんなのに揺らいでしまったのだろう。悔いても悔いても悔やみきれない。ミコトをあんなに大事に想っていたのに。勝手な想像、浅はかな考えで、裏切って。
今すぐこの部屋に押し入って、沸き立つ感情を二人にぶつけてしまいたい。
だが、僅かに残った理性がそれを邪魔していた。
ぐっと堪えて二人の様子を窺い続ける。
姫が微笑みながら言う。
私達の平穏を脅かす魔王も、煩わしい者も、もういない。
だからお父様、今度こそ私を────。
妖艶な笑みを浮かべた姫が王の手を伸ばしたとき、セーヤは更に信じられないものを見た。
姫が目を見開いて、絶命するのを。